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埼玉県久喜市にある、ビニール資材に強い創業約80年の老舗製造業。リーマン・ショック後に赤字が続き、金融機関との関係が悪化したことが危機の始まり。信用不安が広がる中で工場の火災などが重なり、事業継続を断念した。

埼玉県久喜市にある本社工場

 一体何がいけなかったのか。10月某日の朝。人けがなく静まり返った工場の一角にある応接室。ソファに深く腰掛け、目をつぶり、じっと過去を振り返る。だが、倒産の原因は思い浮かばないようだ。

 「経営判断で大きな過ちはしていないはず。不運が重なったという感覚しかない」

 今なお戸惑った表情でつぶやくのは、日本ビニル工業(埼玉県久喜市)の壽原(すはら)英樹社長だ。

 2020年7月29日、同社はさいたま地裁へ自己破産を申請し、破産手続きの開始決定を受けた。負債総額は約16億円。

 いわゆるコロナ関連倒産と伝えられたが、新型コロナウイルスの影響は最後の一押しでしかない。同社は数年前から低空飛行を続けていた。

会社勤めが長い3代目

ビニールレザーは、椅子やソファの生地、非常用の持ち出し袋などに使われている

 日本ビニル工業は1939年に創業して以来約80年、家具・雑貨向けのビニールレザー生地や住宅・店舗向けのビニール壁紙を製造してきた。従業員は約70人で、2019年12月期の売上高は20億5400万円だった。

 飲食店の椅子などに使われるビニールレザー生地は「数年前までは注文が多くて生産が追いつかなかった」(壽原社長)というほど人気があり、脱臭機能があるビニール壁紙は業界で評価が高かった。

 壽原社長は1950年生まれの70歳。創業者である壽原茂夫氏の次男で、2代目社長である伯父の三郎氏を引き継いだ。

 初めは会社を継ぐつもりはなかった。慶応義塾大学経済学部を卒業すると大手総合建設会社のフジタ工業(現・フジタ)に入社。経理や広報部門に所属し、93年にはJリーグのベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)に出向して広報部長などを歴任した。

 その後、子会社監査役などを経て2002年に日本ビニル工業に入社。04年、社長に就任した。当時の茂夫会長や三郎社長に頼まれる形で会社を引き継いだ。

 「常識があり、真面目で堅実。従業員に対しても優しい。人柄がいい」と壽原社長に近い関係者は口をそろえる。