「新しい資本主義」を掲げる新政権が賃金上昇をにわかに模索するようになったが、国に言われずとも、今後は賃金を上げられるかどうかが経営の分かれ目になる。給与水準が低い企業には人が集まらないからだ。優れたビジネスモデルでも、人がいなければ経営はできない。

 新型コロナによって日本の公的債務はさらに膨らんだ。弱った企業を助ける余力はもう国にはない。コロナ後の社会で経営破綻が増えるのは確実視される。表向きは業績不振でも、実態は人材獲得・育成の失敗による「労務倒産」が増えるだろう。

 生命も社会も新陳代謝で成り立っている。新しいものが古いものに置き換わるのは自然である。利益の拡大、賃金の増加ができない会社は退場するしかない。ただ、それによって固有の技術、必要なサービスなどが消えてはならない。

 社会に価値を提供する会社であり続けるために、事業戦略や組織戦略を常に新陳代謝させよう。前号のアパレル特集で記したように、大手企業を頂点とした産業のピラミッド構造はどの業界でも崩れつつある。新しい挑戦をする中小企業を、私たち編集部は全力で応援する。

 今回、東京商工リサーチと一緒に全国の中小企業から、給与水準の高い企業を探した。「わが社も給与水準の高さでは負けてはいない」という経営者は、ぜひ編集部まで自薦をしてほしい。「高収益・高賃金経営」はどうすれば実現できるのか。読者諸兄姉と共に考えていきたい。

<特集全体の目次>
・【インタビュー】経営学者 坂本光司 氏
・【事例1】フタバ 井上将一 社長
・【事例2】ナルネットコミュニケーションズ 鈴木隆志 社長
・【事例3】ハイケム 高潮 社長


 事例1 
フタバ(クリーニングチェーン)
井上将一社長
「仕事はきついが給料は高い」と評判のクリーニング店

東京商工リサーチとの共同調査でクリーニング業界のトップに入ったのが、大阪を地盤に100店以上展開するフタバだ。コロナ前の利益率は2ケタという高収益の要因を聞く。

クリーニング業界は、コロナ禍でスーツを着る人が減って大きな影響を受けています。最近経営破綻したクリーニング会社もあります。フタバはどうですか。

井上:だめですよ。直営120店のうち、不採算の10店を閉じました。「給料が高い会社」の取材ならコロナ前に来てくれればよかったのに(笑)。今は残業代も減りましたしね。2019年6月期の売上高は24億7000万円で、経常利益は2億円ちょっと。それがコロナになって3割減りました。

 コロナ前は何年も経常利益率が10%前後で好調でした。借金も全部返したので、焦りは全くないですけどね。次の手はどうしようかなと考えているところです。

クリーニング業で2ケタの利益率は難しい。何をすればそんなに利益が出るのですか。

井上:「フタバは給料が高いけれど、仕事はきつい」とクリーニング業界では有名です。仕組みがきっちりしているので、経費を厳しく管理するし、接客指導もうるさい。

 店舗併設の工場が8つあります。それぞれに工場長がいて、毎月、月次損益計算書を基に会議をします。人件費のほか、電気代や水道代などの経費を細かく出し、どれくらいの月次利益を出したか、生産性を工場別に比較します。

 1つの工場は10店ほどの衛星店を抱え、その衛星店のシフト管理をするのがリーダーです。つまりリーダーも8人おり、工場長とコンビでエリアの収支を管理するわけです。リーダーを集めた会議も毎月開いています。

社員が数字を基に考えながら動くから、しっかり利益を確保できて、給与も高くなる。

井上:うちは40代後半の社員が多いのですが、工場長で年収は700万円くらいです。リーダーはシフト管理中心の仕事なので給与は普通ですが、その上にいる従業員教育担当の女性部長は年収800万円ほどです

 『論語と算盤』のように、数字だけでなく商売の心得にもうるさい。創業者で現会長の父は「店に元気がなかったらあかん」とよく言っていました。店が汚いとか店員がさっと声が出ないとか、まして値段が高過ぎるとか、そんな店は絶対にはやらない、と。

 「またこの店に来たい」と思ってもらうには、店員が元気であることが必須で、そのためには、ちゃんと利益が出るような仕組みがないとだめです。クリーニングの品質も自分の給与も、この会社で働いていることに自信を持って、店頭に立ってもらいます。

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