江戸中期に創業し、全国の梵鐘で7割のシェアを持つ老子製作所。鋳造技術を生かし多角化を試みたが、次の柱に育たなかった。借入金が重く、需要縮小で自力再建を断念した。

<span class="fontBold">高岡市内にある老子製作所の本社工場</span>
高岡市内にある老子製作所の本社工場

 6月28日、梵鐘(釣り鐘)などの鋳造品メーカー、老子製作所(富山県高岡市)は、富山地方裁判所高岡支部に民事再生法の適用を申請し、7月19日付で再生手続きの開始命令を受けた。

 負債総額は約10億6000万円。創業は江戸中期にまでさかのぼる歴史を持っており、現在の老子祥平社長は15代目に当たる。梵鐘では全国の7割と圧倒的なシェアを有している。

 高岡の鋳物は歴史ある地場産業で、銅製品は「高岡銅器」として知られている。それらの企業の中でも、老子製作所は梵鐘や仏具、美術品など伝統技術を担う象徴的な存在だった。

 1990年代初めには12億円ほどの売上高があったが、今年3月期には2億1000万円まで減少していた。借入金の負担が重く、近年は債務超過が続いていた。

 現在は業務を継続しながら再建の道筋を探っている。複数のスポンサー候補が挙がっているとも言われるが「12月の債権者会議までは話せることはない」と元井秀治会長は言う。

 少子高齢化や景気低迷で全国の寺院経営が影響を受け、梵鐘や仏具の需要が減退したことが、同社の破綻の主な要因とされる。だが、地場産業に根差したその社歴を見ると、別の要因も浮かび上がってくる。

江戸中期に創業

 老子製作所が製造した梵鐘は、これまでに2万口以上を数える。広島平和の鐘や、京都・西本願寺、三十三間堂、成田山新勝寺など多くの寺院に梵鐘を納めている。最近では、東日本大震災で被災した岩手県釜石市の「復興の鐘」なども手がけた。国内だけでなく台湾や中国、米国などにも納入した実績がある。

手がけた鐘は国内外に多数
<span class="fontSizeL">手がけた鐘は国内外に多数</span>
1969年に建立された高岡二上山の「平和の鐘」

 梵鐘には大小あるが、重量が数十トンに及ぶほどの大型の梵鐘も鋳造しており、同社のような技術を持つ企業は極めて少ない。社員には伝統工芸士も2人いて、受け継いだ技術に磨きをかけている。

 老子製作所は梵鐘のほかに、寺院仏具や寺社用の建築金物、建築モニュメント、産業機械部品などの鋳造品も製造している。

梵鐘や寺院仏具で高いシェア
老子製作所の沿革
<span class="fontSizeL">梵鐘や寺院仏具で高いシェア</span><br><span class="fontSizeS">老子製作所の沿革</span>
出所:取材、関係資料を基に作成

 高岡の鋳物の歴史は古く、約400年前、加賀前田家2代当主の前田利長が7人の鋳物師を招き、現在の高岡市金屋町に工場を造らせたのが始まりだという。

 老子家は江戸中期から鍋や釜などの鋳物を作っていたという。その家業を法人組織にし、戦後に大きく発展させたのが第7代の老子次右衛門(喜八)だ(当主は代々「老子次右衛門」を名乗っていた)。

 金屋町は高岡市内を流れる千保川のそばにあり、千本格子の古い街並みが残る。第7代次右衛門はここで鋳物技術を習得し、33歳で独立した。

続きを読む 2/3 戦後の「特需」で量産

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り2308文字 / 全文3732文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、10年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「日経トップリーダー」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。