稲盛和夫氏が亡くなりました。90歳でした。改めて心より哀悼の意を表します。稲盛デジタル図書館の協力の下、稲盛氏の過去の講話をまとめた本連載を引き続き掲載します。

(写真/PIXTA)
(写真/PIXTA)

 皆さん、こんばんは。今、皆さんの自己紹介を聞いておりまして、皆さん、期待をして待っておられたんだなと、ひしひしと感じました。それだけに、私も大変責任が重たいなと思っております。

人間として正しいことを主張し指導する

 今の自己紹介で気になったことが一つありましたので、申し上げておきます。「カリスマ性を身につけたい」とおっしゃった方がおられました。白を黒とも言えるような、そして白を黒と言ってもみんながついてくるような、そういうカリスマ性もあるとは思います。ですが、人間として正しいことを正しく、強く主張する。そして、それを部下に分かってもらい、指導していく。これが正しいカリスマの姿です。間違ったことを言い、それでもいいからついてきてほしいというのは、未熟なリーダーの場合にはそう思われることがあるかもしれませんが、しょせん、それではうまくいかないのですね。

 結果的に間違ったことを言ったのでは部下はついてこない。ついてこなければ、事業を引っ張っていくのに支障を来してしまう。

 例えば数年前、日本はバブルで、不動産がもうかる、株式がもうかるというので大も小もみんな土地や株式に投資をしました。日本全体が浮かれていたわけです。その中で、「土地がもうかるから、土地に投資をしよう」と社長が言う。ところが部下は、そんなことでは駄目ですと言う。社長にすれば、せっかくもうかる方向にみんなを引っ張っていこう、燃えようと思ってそう言ったのに、後ろから冷水を引っかけられた感じがする。そして、「くそ! 俺が言うことを聞かない奴はけしからん」となる。

 今は結果論として、あのときにあいつが冷水をかけたから、土地に投資をしないでよかったと分かります。分かりますが、本当なら、社長があっちへ向かうぞと言った場合、社員みんなが「社長、そうですか」と言ってついてきてほしい。ベクトルがそろうのがエネルギーなのだから、全員でついてきてほしいと思う。しかし、正しくないこと、無理なことでもいいから引っ張っていくというのは、やっぱり正しいカリスマではありません。それは会社を危うくしてしまいます。

 自分の器を大きくしたい、真の経営を学びたい等々の理由や動機で集まってこられたもとは、そこにあるわけです。いい経営をする人間はどういう考え方をしているのか知りたいし、それによって正しい判断ができる人間になりたい。どなたでしたか、「いい人のいる会社は、きっといいはずだ。いい人が住んでいる社会は、きっといい社会のはずだ。だから私自身、いい人、いい人間になることを目指したい」とおっしゃいましたが、その通りです。いい人間で、正しい判断ができて、そして部下が理屈抜きに納得し、ついてくるようなリーダー。そういうリーダーになりたいがために、皆さん、学びに来ておられるわけです。

 皆さんの場合、大半が親から後を継いだ人ではないかと思います。中には自分でやったという人もおられるかもしれませんが、そういう皆さんのほとんどは、自分自身、まだ未完成の人間です。失礼な言い方ですが、従業員から、うちの社長は立派や、うちの専務は、うちの常務は立派やと言われている人はおらんのじゃないかと思います。いや、下手すれば、従業員から内心「なんや、あの人は」と思われている人が大半じゃないですか。

 そんな状態では、いくら偉そうぶって従業員の前で演説してみても、「うちの社長、何を言うとるんや?」という顔をして、まともに聞いてくれない。それでは駄目です。うちの専務は違うぞ、うちの常務は違うぞ、うちの2代目は三流大学を出た、あまり頭の良くないボヤッとした奴だったが、最近、違ってきたぞ。やっぱり、そう思わせなきゃいけない。そこからリーダーシップ、カリスマ性が生まれてきて、引っ張っていけるわけです。

(写真/アフロ)
(写真/アフロ)

次ページ 従業員に惚れさせる