一倉定(いちくらさだむ)が再注目されている。自らを「鬼倉(おにくら)」と称した、炎のコンサルタントだ。 「日本のドラッカー」とも言われる男が最初に執筆したのが、実は1963年に刊行した会計書。経営に必須の管理会計を、あの手この手で説く名著をダイジェストした。

<span class="fontBold">一倉 定(いちくら・さだむ)</span><br />1918(大正7)年、群馬県生まれ。36年、旧制前橋中学校(現在の前橋高校)を卒業後、中島飛行機、日本能率協会などを経て、63年、経営コンサルタントとして独立。「社長の教祖」「日本のドラッカー」と呼ばれ、多くの経営者が師事した。指導した会社は大中小1万社近くに及ぶ。1999年逝去
一倉 定(いちくら・さだむ)
1918(大正7)年、群馬県生まれ。36年、旧制前橋中学校(現在の前橋高校)を卒業後、中島飛行機、日本能率協会などを経て、63年、経営コンサルタントとして独立。「社長の教祖」「日本のドラッカー」と呼ばれ、多くの経営者が師事した。指導した会社は大中小1万社近くに及ぶ。1999年逝去

 「原価はいくらか」ということは、経営者にとっては切実な問題である。それだからこそ貴重な費用と労力を使って、原価を計算させるのであるが、果たして経営者はその結果に満足しているであろうか。

 経営者は経理マンから提出された原価計算を見たときに、難解な理論と独善的な手法にまず反発を感じ、次にはそこに示された数字に、何かわからぬが、現実との遊離を嗅ぎとるのである。

 しかし、専門家の理路整然とした説明を受けると、なんらの理論的反論も実際的反証もあげられずに、納得のいかないままに承認しなければならないという奇妙な立場に追い込まれるのである。であるから、いったん事あるときには、原価計算の結果を無視して、勘と度胸によって決定を下すことが多いのである。

 無視するような原価計算なら、やらないほうがいいということになりそうなものであるが、やらなければ不安でもあり、ここに経営者の困惑がある。"半信半疑"こそ、従来の原価計算の受ける待遇である。

 このような待遇を受けるのには、それだけの理由があるのであって、経営には役にたたぬだけではなく、大きな害毒を流しているのである。

 経理の門外漢である経営者は、それがどのようなものであるかはわからず、本能的に感じ取っているのである。害毒がどこにあり、どのようなものであるのかもわからないのでは大問題である。ヘタをすると、会社をつぶす結果にもなる。

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