中原水産(鹿児島県枕崎市)の中原晋司社長は、マッキンゼーのコンサルタントから赤字が拡大する家業の水産加工業に戻った。悪戦苦闘の末に光を見いだしたのは、事業の180度方向転換だった。

 戦後間もない1948年に、枕崎市で鮮魚店とさつま揚げなどの水産加工業として始まった中原水産。2代目の中原氏の父はトラック50台を所有して、全国で魚を安く仕入れ、高く売れる市場に持っていく鮮魚卸業を大きく発展させた。年商は、80年代には約40億円まで成長。

 ところが90年代に入ると、中原水産の売り上げは右肩下がりになる。漁獲高が減り、情報化社会となって鮮魚卸が成り立ちにくくなった。

中原社長は、ラ・サール中高に学び、一橋大学、マッキンゼーとエリート街道を走っていた秀才。だが、窮地の家業を救うのは簡単ではなかった(写真提供/中原水産)
中原社長は、ラ・サール中高に学び、一橋大学、マッキンゼーとエリート街道を走っていた秀才。だが、窮地の家業を救うのは簡単ではなかった(写真提供/中原水産)

 中原氏は枕崎市出身で76年生まれ。大学は一橋大学商学部に進学、ゼミではマーケティングを専攻した。

 中原氏は大学生の時、父が干物製造業に参入した際にマーケティングを手伝って「におわない『くさや』」を開発、全国のコンビニに卸した。最初は売れたが、少しでも売り上げが落ち始めるとコンビニへの納入は打ち切られ、事業は大赤字となった。中原氏は「この失敗をいつかリベンジしたい」と思っていたという。

「かつおせんべい」がヒット

 中原氏は大学卒業後、大手コンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニージャパン(東京・港)に入社し、自動車や医薬品などの大企業を担当。4年半勤めた後、エムアウト(同)という新規事業立ち上げを支援する会社にも4年半勤務した。

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