社員50人でも文鎮型

 異変が起き始めたのは、社員数が50人を超えた頃からだ。社員がどれだけ増えても、組織は文鎮型のままで、土屋社長以外に役職者はいなかった。

 仕事の相談がしたいのに土屋社長は30分刻みの予定が3週間埋まっているなど多忙を極め、つかまらない。明確な評価制度もない。社員の不満がたまるのも当然のことだった。

 人材会社の担当者に「今の組織体制のままで大丈夫か」と指摘されたその翌月以降、創業メンバー10人ほどが立て続けに会社を辞めていった。

 そこで土屋社長は、社員から4人の取締役と、6人のマネジャーを抜擢(ばってき)した。ただ、これがかえって混乱を招いてしまう。

 取締役は半年前に採用したばかり。マネジャーにはスキルが高く、同僚からの信頼が厚い社員を選んだものの、全員が「土屋さんに言われて仕方なく」マネジャーになったという経緯があった。そもそもデザイナーとして入社していて、マネジメントをやりたいわけではなかったからだ。

メンバーの不満が爆発

 社員が瞬く間に50人から100人になり、新旧メンバー間の対立も目立つなど、ますます社員の不満は募った。会社と部下の板挟みになったマネジャーは経営陣の代弁者になるべきところ、社員に同調。社員対経営陣の構図が生まれ、気づけばすべての批判が社長に集まるようになっていたという。

 トップへの不信感は社内全体に広がっていく。その舞台となったのが社内SNS(交流サイト)で、経営批判が立て続けに投稿された。

 土屋社長はすぐに反論したものの、火に油を注ぐ結果となり、「完全に組織が崩壊した」(土屋社長)。16年のことだ。かつて土屋社長が登用した役員、マネジャーが全員退職してしまい、この年の離職率は40%に達した。

 このままで会社がもたない──。最悪の状態で、土屋社長はどんな対策を打ち出したか。

 いきなり全社の組織風土を変えるのは難しいと考え、マネジャーに「小さなチームの中だけでも何でも言える環境にしてほしい」と伝えた。

 マネジャーは「こんなチームにしていきたい」と目指す方向を示しつつ、メンバーと積極的にコミュニケーションを図った。相変わらず離職者は多かったものの、社内の空気は少しずつ良くなっていった。

 同時に、新卒や経営幹部の採用も開始した。マネジャーの役割をきちんと果たす人材が増え、次第に組織変革の土台が固まりつつあった。

 とはいえ、事態はそう簡単には好転しない。この頃の同社のすさみぶりを示す数字がある。エンゲージメントスコアだ。リンクアンドモチベーションの組織状態を可視化するツール「モチベーションクラウド」の数値で、従業員の会社に対する愛着や思い入れを偏差値で示す。当時、同社のマネジャー層のスコアは27・0。中央値である50には遠く及ばない結果だ。

Goodpatchの業績推移 急成長の裏で組織に課題が…
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