家業を承継し、一代で全く異なる会社に事業変革(トランスフォーム)した経営者、「事業トランスフォーマー」。第5回は、福島県会津若松市の仏壇メーカー、保志の保志康徳(ほし・やすのり)社長だ。生活様式の変化から仏壇の需要が減少、海外産の仏壇も出回り、会社存続のための「ミッション」と「商品」に悩んでいた保志社長だったが、ある出会いを機に事業改革を成し遂げる。

 保志は、1900年に保志社長の曽祖父が会津若松で仏壇・仏具の販売を始め、2代目の祖父が仏壇の製造と卸業にも手を広げて全国展開、創業80年の80年には社員700人、製造と卸売りを合わせたグループ年商は150億円にまで成長した。

 6代目の保志社長は1964年生まれ。もともと彼は、仏壇メーカーに入るのは嫌だったという。子供の頃に友達から「他人の不幸で商売をしている」と言われ傷ついていたからだ。

 中学生だったある日、祖父に「僕は将来、会社には入らない」と宣言。すると祖父は「親や子供を亡くした人の気持ちを考えたことがあるか? やり場のない悲しみの中で、仏壇に手を合わせると、その悲しさが和らぐ。こんな尊い商売はないぞ」と笑顔で語った。保志社長は、その時の祖父の笑顔と「尊い商売」という言葉が心に残ったという。

士気が上がらない現場

 80年代になると住環境は大きく変わり、人々の心からも仏壇の存在が離れ始め、仏壇の売り上げは右肩下がりに。90年代以降は、大手仏具商社による中国生産の仏壇が輸入され、単価も下がる一方だった。

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