プロセスを可視化する

 歩合給を導入し、定着している会社が、この会社のように突然歩合給をやめると、社員の反発や離職を招いてしまいます。

 そこで、歩合給をやめる前には、歩合給をたくさんもらっている人、つまり営業成績を上げている人がどんな仕事の仕方をしているかを可視化することが大切です。

(写真/ PIXTA)
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 ただし、大抵の場合、優秀な社員に成果を上げた理由を聞いても、「頑張っています」などと具体的に答えられません。成果のプロセスを言語化することは難しく、ここで多くの企業が苦労しています。

 優秀な営業社員には次のように伝えてください。

 「あなたは今、一般職層だけれど、一人前になって中堅職層にステップアップすれば、部下を持つことになるんだ。その部下たちに、どうすれば成果を上げられるかを教える立場になるのに、今のままだと、『頑張れ』という指導しかできない。それでは部下は育たないし、頑張れない社員は辞めてしまう。

 みんな、あなたのように素晴らしい成果を上げられるようになりたいと思っているんだ。部下の成長のために、成果を上げるプロセスを可視化してほしい」

 こう伝えれば、その社員は言語化に取り組んでくれるはずです。

 プロセスを可視化するポイントは、最初に期待成果を明確にすることです。ハウスメーカーであれば売り上げ額や販売戸数などです。社員に何を期待するかが明確になれば、それを達成するために何をすればいいのか、その重要業務を洗い出していくことができます。

 現在の業務をすべて洗い出す必要はありません。成果を上げるにはどんな業務が必要か。そのプロセスが可視化できれば、徐々に歩合給をゼロに移行してください。

 ポイントは「年収は変えない」と約束すること。そうすれば、社員だけでなく、その家族からの反発も生みません。プロセスを可視化して人が育てば、会社全体の業績も上がっていきますから、昇給や賞与として還元できます。

 例えば、優秀な一般職層の社員が、1人で12棟の住宅を販売しているとします。その社員が営業所長に昇格し、5人の部下を持ちます。自分の業務プロセスを可視化して部下に教え、5人の部下が全員12棟を売れるようになれば、その営業所で計60棟の住宅を販売できることになります。

 これが営業所長への期待成果です。「達成すれば給料はいくらです」と明確に伝えれば、歩合給のために1人で頑張っていた社員も、早く一人前になり営業所長として頑張ろうとモチベーションを上げられるのではないでしょうか。

みんなで助け合う組織に

 先ほどのハウスメーカーには後日談があります。10人中4人の営業社員が辞めて、周囲からも「あの会社はもう危ない」とささやかれたのですが、結果的に業績は変わりませんでした。

 残った6人が頑張り、10人のときと同じだけの売り上げを上げたのです。もちろん、経営的には危機的な状況でしたので、社長も常務も現場に入りました。

 社長は、会社を辞めると言ってきた4人を涙を流して引き留めたときに、こう言いました。

 「あなたの人生のために、歩合給をやめるんだ。定年退職するまでずっと現場にいて、成果を上げられるわけではない。歩合給は高いときもあれば、低いときもある。不安があっただろう。これからはみんなが60歳、65歳になるまで働ける会社にしたいんだ」

 残念ながら、4人は辞めてしまいましたが、残った6人は社長のその姿を見て、「社長はこんなにも自分たちの人生のことを考えてくれるんだ」と共感したそうです。

 「ならば、残った自分たちが頑張らないといけない」と奮起したおかげで、4人の社員が抜けても業績が下がらなかったのです。

 歩合給をなくしても売り上げが変わらなかったので、社長は全社員にたくさんの賞与を出しました。歩合給は営業職しかもらえませんが、このときの賞与は、事務も設計も施工管理の担当者も、全員に共通です。

 全員が喜び合う姿に、社長は感動すら覚えたといいます。

組織の雰囲気が一変

 後に、そのハウスメーカーの社長はこう話してくれました。

 「成果を上げるプロセスを共有すれば、みんなが一緒に成長して幸せになれます。組織の雰囲気ががらりと変わり、とてもいい会社に生まれ変わりました」

 このハウスメーカーは結果的にいい方向に進みましたが、できれば離職者は出したくありませんよね。そのためには成果を上げるやり方を可視化し、社員に丁寧に説明を続ける必要があります。歩合給をゼロにするには2年以上かかりますが、必ず、みんなで高め合えるいい組織になります。

松本順市 (まつもと・じゅんいち)
ENTOENTO代表
1956年福島県生まれ。学生時代からアルバイトをしていた魚力に、中央大学大学院中退後に入社。社長の参謀役として労働環境改善に取り組み、業界初のサービス残業ゼロ、完全週休2日制を実現。社員の成長を支援する人事制度を構築し、東証2部上場(現在は1部)を達成する原動力となる。93年に独立し、中堅・中小企業を中心に人事制度の指導・支援を展開する。2021年5月17日現在で1306社の人事制度を構築した

(この記事は、「日経トップリーダー」2021年6月号の記事を基に構成しました)

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