68年に2代目が急逝。現社長の佐藤豊氏が23歳で後を継ぎ、80年に味の海豊を設立した。

 「うちの『つまみたら』は私が生から作ってね、真っ白でおいしくて、どこよりも一番だと言われた。だけど、乾燥珍味は時代とともに売れなくなっていった。その後、イカの塩辛や松前漬けなどの生鮮珍味や、レトルトや缶詰も作って生き残ろうとした」(佐藤社長)。

 佐藤社長によると、同社の直近の売上構成比率は、乾燥珍味30%、生鮮珍味30%、レトルト・缶詰20%、浪漫館(後述)15%、その他(通販など)5%だと言う。

 しかし、「珍味そのものの需要が減っている。特に若い世代が手に取らない」(水産加工業に詳しい関係者)という声もあり、味の海豊の場合、生鮮珍味などに力を入れても、状況は好転しなかった。

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 同社の売上高は91年12月期の12億9600万円がピーク。2001年以降は9億~10億円で推移していたが、「うちは東北地方の売り上げが多かった。それが震災で注文がほぼゼロに」(佐藤社長)と言うように、11年の東日本大震災で大きな打撃を受ける。

 それ以降、売上高は右肩下がりを続け、コロナの影響を受けた21年3月期の売上高は5億7200万円にまで減り、2000万円の純損失を計上。「22年3月期の見込みは、売上高約3億円、純損失は約5000万円」(佐藤社長)と厳しい状態に追い込まれていた。

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 破綻の要因として挙げるなら、以下の3つだろう。

 【要因1】コスト増と生産力低下

 【要因2】安易に展開した直営店

 【要因3】浪漫館への投資負担

大事な仕入れ先が倒産

 まずは【要因1】から。

 佐藤社長がこれまでの経営で最も痛手と感じたのは、07年に起きた重要な仕入れ先の倒産だった。「魚の仕入れと途中までの工程を依頼していた会社で、社長はとてもいい人だった。あり得ない話だが、小さな会社なのに資金繰りが苦しい納入先に金を貸していた。その額、4社で約4億円。結局、どこも倒産した」(佐藤社長)。

 半製品(途中まで加工した製品)の仕入れ先が倒産したことにより、味の海豊は前工程を自社ですることになった。

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