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さくらい・ひろし
1950年、山口県生まれ。73年に松山商科大学(現松山大学)を卒業後、西宮酒造(現日本盛)での修業を経て76年に旭酒造に入社。しかし、先代の父と対立して退社。父の急逝を受けて84年に家業に戻り社長に就任。純米大吟醸「獺祭(だっさい)」の開発を軸に経営再建を果たす。杜氏を設けずデータ化した製造法によっておいしさを追求する。2016年から現職(写真=橋本正弘)

Q. 西日本豪雨で本社と直売所が被災。危機の中で、どのような決意を固めたか。

A. 平静を装い、社員が慌てないようにした

 2018年7月7日は日本酒「獺祭」を作る当社にとって、忘れられない日となりました。西日本豪雨で被災したのです。

 未明に本社と直売所の間を流れている川が氾濫しました。上から流れてきた木が橋にぶつかってせき止められ、行き場を失った水があふれ出したのです。

 本社の裏にある崖には、3000本の杭を岩盤に打ち込んで土砂崩れが起きないように予防していました。しかし、川の水が豪雨で氾濫を起こすのは想定外でした。

生産ストップに陥る

 本社の地下と1階が水に浸かり、電線を寸断。停電し、発酵などの温度管理ができなくなりました。さらに、排水ポンプも故障。このダブルパンチで生産をストップせざるを得なくなりました。

 非常用電源は用意していました。でも、1キロ離れた出荷センターにあり、道路が警察に封鎖され、稼働できませんでした。

 川を挟んで反対側の直売所も被災。川に面したガラスの壁が割れて水が流れ込み、売り場が崩壊しました。

被災直後の直売所。ガラスが割れて水が店内に流れ込んだ