M&A(合併・買収)に関わるお金のトラブルは、粉飾決算と簿外負債によるものが断トツです。買い手が見抜くのは非常に難しく、厄介です。

 25年ほど前、神奈川県のある建設会社Aの買収を担当したときのお話です。当時の私はM&Aのアドバイザーとしてまだ駆け出しでしたが、建設業における在庫、すなわち未成工事の水増しによる決算の粉飾がA社で行われていることを見抜きました。実家が建設業だったので業界知識を多少持っていたことも、有利に働きました。

 買い手はそれでも構わないという意向だったので、交渉を続けてM&Aは成立しました。やれやれと思ったのもつかの間、全く想定していなかった粉飾がさらに発覚しました。

 建設業での売り上げの計上基準には、「完成工事基準」と「工事進行基準」の2つがあります。A社は在庫の水増しに加えて、この2つの計上基準を年度や工事によって使い分けて、利益をコントロールしていたのです。

 例えば、期末時点で赤字が見込まれる工事は、翌期に完成工事基準で計上。あるいは、完成していないけれど期中では利益が出ている工事は工事進行基準で計上といった具合です。

 これでは正確な収益の実態が分からず、買い手が把握している過去の損益はすべて当てになりません。当然、買い手は売り手であるA社に賠償を迫りました。しかし、A社は、「この程度の細工はどの建設会社でもやっている。現状は黒字だから問題ないだろう」と、どこ吹く風。反省の色が全く見られません。

 アドバイザーの私は金銭補償で折り合いをつけてもらおうと努めましたが、両者の妥協点は一致せず、結局、舞台を裁判所に移すことになりました。その時点で私はお払い箱です。

 両者の対立はずっと続き、最終的に決着したのは2年後。聞くところによると、裁判では証拠不十分という理由で売り手であるA社の言い分が通ったそうです。

 当時、改めて勉強して知ったのですが、建設業の粉飾にはいろいろなバリエーションがありました。代表例が「キャッチボール」で、同じ金額の工事を互いに発注し合ったことにして売り上げを水増しします。「プール式」は、共同企業体(JV)の工事で1つの口座に一時保管するお金を売り上げとして計上してしまう手法です。よくもまあ、悪知恵を働かせるものです。

 話を戻すと、A社が粉飾まみれであることを見抜けなかったのは、私の恥ずかしい失敗であることは素直に認めないといけません。ただ、名誉回復のために言わせていただけるのであれば、この手痛い失敗をばねに勉強と経験を重ねたおかげで、建設会社のM&Aは得意分野の1つになりました。

 在庫を抱えるビジネスモデルの場合、大抵はその業界特有の粉飾手法があると考えられます。買い手の方は直感でも構いません。「粉飾の疑いあり」と少しでも思ったら、慎重に慎重を重ねるべきでしょう。あるいは買収先の業種特有の粉飾やM&Aに精通している専門家を探し、力を借りることをお勧めしたいと思うのです。

大山敬義(おおやま・たかよし)

バトンズ社長兼CEO。1991年、日本M&Aセンターの設立に参画。同社初のM&Aコンサルタントになる。2012年常務就任、18年小規模ビジネス向け専用のM&Aサービスを提供するアンドビズ(現バトンズ)の社長に就任。19年日本M&Aセンターの常務を退任し、バトンズの経営に専念する

(この記事は、「日経トップリーダー」2021年4月号の記事を基に構成しました)

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