試行錯誤の結果、年商を2倍にまでしたとか。

藤﨑:売り上げが伸び、1年後には専務を任されました。といっても仕事はさほど変わらず、店舗運営をしていました。

 年商は倍増して2億円にまで達しました。坪効率は競争の激しい109ショップの中でトップ10に入った時期もありました。

そこではトップとして何を大事にしていましたか。

藤﨑:当時、トップとしての意識はほとんどなかったように思えます。仲間と一緒に売り上げをアップするのがとにかく楽しくて。そのために、市場調査やマーケティングに力を入れていました。

けれども、そこまで楽しかった店を辞めるわけですよね。

藤﨑:詳細は省きますが、オーナーが経営方針を変えたことにより退社せざるを得なくなりました。

 その後、次の働き先が決まるまで、新橋の居酒屋でアルバイトをすることにしました。時給は1200円です。

 そこには4カ月ぐらいいましたが、働いているうちに「お客様が何人来て、客単価がいくらで、1日これだけの売り上げが出れば、家賃、人件費、原価を考えてもやっていけるな」などと考えるようになっていきました。

 そんなときに新橋にちょうどいい8坪の空き物件を見つけて、だったら自分でやってみるかな、と思ったわけです。

 本当は109で自分のブティックを開こうと思っていましたし、成功させる自信もありました。

 ただ、109は出店の希望者がとても多く、なかなか空きが出ません。いつまでもアルバイトの身でもいられなかったので、居酒屋をオープンすることにしました。

 開業資金は退職金の一部や融資を含めて1500万円を用意。スタッフは前のブティックで一緒に働いていた女の子を誘いました。

 そして東日本大震災の混乱が冷めやらぬ11年5月、44歳で新橋に「そらき」を開業しました。