現在も全国の百貨店やアウトレットに100店舗以上を展開する、和食器販売のたち吉。創業200年を超える老舗だが、その経営権は2015年、創業家の手を離れ、投資ファンドに移った。創業家出身の最後の経営者、岡田高幸氏が、事業譲渡に至る詳細な経緯と複雑な胸の内を明かす。業績悪化からリストラ断行、それゆえに膨らんだ金融債務。銀行の支援を得るため、2度にわたって再生計画を立てるも、相次ぐ「計画未達」に自主再生を断念。外部資本への“身売り”を決意する──。経営のリアルな教訓を伝える独白。

 2015年2月、僕はそれまでに何度も夢でうなされたシーンに立っていました。

 32歳で社長に就任して5年目、老舗たち吉の14代目として、投資ファンドへの事業譲渡を伝える従業員向け説明会の壇上にいました。

岡田高幸(おかだ・たかゆき)
1977年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、2001年、たち吉に入社。百貨店での販売員、法人営業、経理・財務係長を経て、10年、代表取締役就任。15年、投資ファンドに事業譲渡し、代表取締役を退任。17年1月より福岡県直方(のおがた)市の直鞍(ちょくあん)ビジネス支援センターのセンター長。「中小企業の苦労が分かるセンター長」として地域活性化に取り組む(写真/堀 勝志古)

 「このたび、ファンドに会社を渡すことになりました」

 「皆さんの退職金は新会社に引き継がれません」

 「残念ながら、新会社に移籍できるのは従業員の7割ほどです」

 「部長以上の幹部層の方々は移籍できません。また、人事評価が悪かった方も移籍できません」

 いつものように、淡々と事実を述べました。

 僕はあまり感情を表に出さないので、「熱意があるのですか」などとよく、お叱りを受けます。いかにも熱意があるような話し方をして問題が解決するのならば、迷わずそうしますが、僕が経営者として置かれてきた状況は必ずしもそうではありませんでした。

 従業員には寝耳に水のはずでした。子供の頃によく遊んでもらったりもした、優しい先輩たちが「高幸、ふざけるな!」「こんなことになるなんて聞いてないよ!」と、僕に怒声を浴びせる――。そんな悪夢がとうとう現実になってしまうのだと思いました。

 夢の中では事業譲渡ではなく、法的整理でした。「明日から、この会社はなくなります」と言わなくて済んだのは、せめてもの幸いだったかもしれません。

事実上の倒産

 たち吉の事業譲渡は事実上の倒産でした。経営不振から長期借入金が膨らみ、債務超過に陥って私的整理。その結果としての事業譲渡です。法的整理を避けることで、長年支えていただいた仕入れ先の皆さま、金融機関の方々の傷ができるだけ浅く済むようにと考えて選んだ、会社の畳み方でした。

 従業員説明会は、意外なことに静かに終わりました。質疑応答もほとんどなく、1人の方から「会長の声も聞きたかったな」といったご意見をいただいたくらいです。会長だった父は、その日、会場にいませんでした。

 投資ファンドの方も驚いていました。「こういう説明会にはよく出ているが、必ずといっていいが紛糾する。紛糾しない従業員説明会なんて、初めて見た」と。

 たち吉の事業譲渡はすぐ、NHKのニュースに流れました。夕方のことで、僕は薄暗い事務棟の2階で引き継ぎをしていたと思います。関係者と一緒に「今からだぞ」と、慌ただしくテレビを見た記憶が残っています。

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