2週間後、金子の再々度の訪問である。

 この日からいよいよ経営再建計画を打ち出していく。金子はまず朗報を伝えた。

 「B銀行と相談して、取り急ぎ1年間は返済を猶予してもらうことにしました。業績が改善したら当座は、少しずつ返済していきます。業績が上向きになったら3年目、4年目でもう少しずつ増やして返していく」

 金子がそう告げると、社長の橋本のゴルフ焼けした顔が紅潮してくるのが分かった。資金繰りの恐怖から解放される安堵からだろう。これが私的再生のメリットである。

 中小企業の社長であれば、本来事業のことを考えるのが仕事であるが、業績が悪化すると社長の頭の中は四六時中資金繰りのことでいっぱいだ。

 20日頃から月末までは、「今月持つかどうか」と気が気でない。そうなると、事業戦略など二の次。そこで金融支援を取り付ければ、かなり精神的に楽になる。

 また、橋本は長年粉飾決算を続けてきたので、実態が知れるとB銀行はこれ以上の融資はおろか、潰されるのではないかという恐怖を持っていた。しかし、銀行にとっては倒産させるよりは、収益環境を改善し、中長期で回収したほうがよいのである。

 企業と金融機関。両者を隔てる壁を溶解させることも金子の仕事である。


 橋本が資金繰りから解放され、本来やるべき役割を思い出したところで、金子はA3判の紙を手渡した。

 A社の売り上げを製品別、部門別、得意先別に整理したもので、それぞれ限界利益も算出している。

 「はぁ、よくこんなデータ作りましたな」

 社長は感心してデータに見入っている。

 製品別・得意先別の利益率は、データが膨大になるから出したことはなかった。しかし金子は、それを2週間で作ってきた。

(写真:PIXTA)
(写真:PIXTA)

 「再建の柱として、まず大切なのは不採算製品の値上げです。原価を分析してあまりに採算の悪いものが30製品ありました。これは限界利益がマイナスで材料費も稼げていません。この30製品は、値上げ交渉をするか、でなければ速やかに思い切って取引をやめるか。どちらの手法にせよ、すぐに利益はプラスに転じます。業績改善にはこれが一番効果がありますから、早速実行してください」

 こう言い切ると、金子は限界利益がマイナスの製品を次々に読み上げていく。


 橋本は眉間にしわを寄せて、それを聞いていた。

 「金子さん、ちょっと待ってください。取引をやめろとか、値上げ交渉をしろとか、言うのは簡単ですけど……。こっちは長年やってきて、それができないから困っているんで。値上げ交渉なんてできるかなあ。やったことないですから」

 「やったことないからやるんでしょう。取引をやめる覚悟で交渉です!」

 「取引をやめる。 そうは言ってもねえ……」

 橋本は弱気になっているのか、黙ったまま頭をしきりと掻いている。

 「材料費さえ稼げていない製品もあります。作れば作るほど赤字ですよ。得意先別の利益率が一番低いD社なんて、こっちから切り捨ててもいい!」

 橋本は心外であるという顔をしている。

 「いやぁ、このD社はうちの売り上げの2割を占めている長年の得意先ですよ。そんなに簡単にやめられるわけがない」

 金子は橋本の言葉を遮った。

 「売り上げ比率が高い製品は、仕事を失いたくないから、どうしても交渉力が弱くなってしまう。それで相手に足元を見られて、その結果がこのふざけた単価ですよ。 いいですか。最初からただでさえ薄利なのに、材料費が高騰した分の価格の見直しもしていないから、今では限界利益がマイナスなんですよ」

 金子がいつになく厳しい口調になったので、社長も頭を垂れる。

 「……分かりました。この際、長年の取引うんぬんはもう忘れましょう」

 「そうしてください。あと、原価が高い要因の1つは、やはり不良品が多過ぎるからでしょう。そのためには不良率を正確にカウントしてください」

 不良品が多ければ、想定より材料を多く使っていることになる。

 当然、不良率も原価計算に加味しなければならないのだが、A社の過去の帳簿をひっくり返すと、そこまでした形跡はなかった。正しい原価を把握しないまま、今まで経営を続けてきたのである。加工技術が高かったから、それでも利益が出たのだろう。

弱点9

原価に歩留まりや材料価格の上昇などを反映していない。それでは正しい原価は分からない。

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