打者と投手の二刀流で、米国に熱狂の渦を巻き起こした大谷翔平選手。イノベーターは育ちにくいと言われる日本で、その活躍は希望の星でもある。大谷選手をはじめ数々の逸材を輩出するのが、岩手県花巻市の花巻東高校だ。硬式野球部の佐々木洋監督に、異才の育て方を聞く。((上)はこちらから)

(聞き手 ・ 日経トップリーダー編集長 北方雅人)

野球以外の道へも導く

正面玄関横の校舎の壁にある垂れ幕を見ました。「祝メジャーリーグMVP 大谷翔平選手」と同じ大きさで「祝合格・東京大学 ○○さん」とでかでかと掲げてありました。

佐々木:彼は東大受験など全く考えていませんでした。野球をやるために花巻東に来た。ただ、彼の成績があまりに良かったので、「なんで、うちの高校に来たんだ。進路選択を間違えているぞ」と思わず言ったくらいです。

<span class="fontBold">東大合格を果たした野球部員が高校時代に書いた人生目標。100歳までの人生を逆算して生きるためのものだ。(写真:菅野勝男/特記のないものはすべて)</span>
東大合格を果たした野球部員が高校時代に書いた人生目標。100歳までの人生を逆算して生きるためのものだ。(写真:菅野勝男/特記のないものはすべて)

 彼のように勉強ができる子は野球を頑張りつつ、将来はその頭脳で生きていったほうがいい。私たちは生徒一人一人の才能を見極めます。過去には高校卒業後に硬式野球でなく、ソフトボールや準硬式野球に進ませた子もいます。

 この春、アメリカンフットボールの道に進む子もいます。彼はめちゃくちゃ足が速く、体もでかい。でも、彼の力では大学野球で活躍するのは難しい。「野球をやめろと言っているように聞こえるかもしれないけれど、諦めろというのでなく、自分の個性を見極めるんだ。アメフトでなら、一流大学に進学できる」。そう説得しました。

 これは指導者の仕事の一番の肝だと思っていることですが、生徒の個性を見極めて、意識と意欲をその個性が伸びる方向に導いてあげるのです。私は東大を受験したこともなければ、東大の受験問題を見たこともありませんが、東大合格に導くことはできる。

経営で言えば「適材適所」を実践していると思うのですが、野球部監督が野球以外の道に導いているのが興味深い。ただ、適性を見極めても、本人の意識がそちらに向かないこともあるのでは。

佐々木:今のチームにとても足の速いバッターがいます。ただ中学時代は3番を打っていたので、目いっぱい打ちたくてしょうがない。しかし、チームには長打力に勝る選手が何人もいる。「足の速さを生かすバッティングにしたらどうか」と言っても変えない。なので、こう言いました。「君はOPS(On-base plus slugging)でなく、出塁率を上げよ」。

 OPSとは出塁率と長打率を足し合わせた数字です。以前は、打率やホームラン数で打者を評価しましたが、メジャーでは、OPSに評価方法が変わりつつあります。大谷は三振が多く打率はさほど高くないが、ホームランが増えてOPSが高いのもMVPを取れた要因でしょう。ただ、全選手をOPSで評価する必要はない。

持ち味を生かす盆栽

 人を評価するというのは、とても難しいですよね。企業でも営業成績などの売り上げだけで評価するのではなく、異なる評価軸を採り入れれば、「オレにはこんな才能があるんだ」と意識が変わる社員もいると思います。

 出塁率という分かりやすい指標を示した後の大会で、彼が俊足を生かしてショートゴロを内野安打にした。その映像が「ユーチューブ」にアップされていたので本人に見せ「これでいろいろな大学から声がかかるぞ」と言うと、うれしそうな顔をしていました。