打者と投手の二刀流で、米国に熱狂の渦を巻き起こした大谷翔平選手。イノベーターは育ちにくいと言われる日本で、その活躍は希望の星でもある。大谷選手をはじめ数々の逸材を輩出するのが、岩手県花巻市の花巻東高校だ。硬式野球部の佐々木洋監督に、異才の育て方を聞く。

(聞き手 ・ 日経トップリーダー編集長 北方雅人)

<span class="fontBold">佐々木 洋(ささき・ひろし)</span>1975年岩手県生まれ。黒沢尻北高校卒業後、国士舘大学に進学。野球指導者を志し、2000年に花巻東高校の社会科教諭に。02年から硬式野球部監督を務める。05年に甲子園出場。09年に甲子園準優勝。これまで春夏通算で11回、甲子園出場に導いている(写真:菅野勝男/特記のないものはすべて))
佐々木 洋(ささき・ひろし)1975年岩手県生まれ。黒沢尻北高校卒業後、国士舘大学に進学。野球指導者を志し、2000年に花巻東高校の社会科教諭に。02年から硬式野球部監督を務める。05年に甲子園出場。09年に甲子園準優勝。これまで春夏通算で11回、甲子園出場に導いている(写真:菅野勝男/特記のないものはすべて))

佐々木監督は大谷翔平選手や菊池雄星選手をはじめ、米国メジャー、日本のプロで活躍する野球選手を多く輩出しています。高校野球の強豪が少なかった東北の地で、なぜずばぬけた逸材を次々に育てることができるのか。今日はその秘密を聞きに来ました。本題に入る前に、「日経トップリーダー」の愛読者だったというのは本当ですか。

佐々木:ええ。昔は野球関連の雑誌ばかり読んでいました。でも、試合で思うように勝てなくなったとき「自分自身が変わらなくては」と思って、野球の雑誌や書籍は全部捨てました。野球理論などを学ぶ講習会にも行かなくなった。

 恩師から「経営を勉強しろ」と言われ、いろいろ探す中で日経トップリーダーを知ったのです。たくさんの経営事例を網羅的に学べて、経営者の講演を収録したCDも付いているので効率的だと。時間をつくり、東京に経営者の講演を聞きに行ったりもしました。

今では全国に名をとどろかせる強豪校ですが、試合に勝てないと行き詰まった時期があった。それはいつ頃ですか。

佐々木:私は高校と東京の国士舘大学で野球に没頭した後、故郷の岩手に戻って2000年に花巻東高校の社会科(現在は地歴公民科)教員になりました。バドミントン部、女子ソフトボール部の顧問を経て、念願の硬式野球部監督に就いたのが02年です。

 甲子園出場が05年ですから、03、04年の頃が一番悩んでいましたね。当時の私は、「どうしてうちにはいい選手が入ってきてくれないんだ。なぜ、オレの熱意が分かってくれないのか」と不満ばかりでした。

 野球部員は1学年10人ほどしかいなかった。地元の中学校を回って野球がうまい子に声をかけても、うちには来てくれない。

人を採用できないと悩む中小企業と似ていますね。

佐々木:でも、経営を学んだことで理由が分かりました。こちらの熱意だけではだめで「顧客満足」が必要だと。つまり、出口がなければ、入り口から人は入らない。

出口ですか。

佐々木:良い出口です。あの頃の花巻東からプロに進むのは難しい。大学進学率が低く、就職に強かったわけでもないので、大学や実業団で野球を続ける子も少なかった。生徒や親御さんを顧客と捉えたとき、それでは花巻東という商品を選ばないのは当然です。

 生徒は、野球の強豪校に入って甲子園を目指したいと考える。親の思いはそれに加えて、ちゃんと教育してくれるか、卒業後の進路が良いかどうかも求めます。確かにその後の人生の滑走路として高校の3年間はあるべきなのに、甲子園に出ることを唯一のゴールにするのはおかしい。

<span class="fontBold">米ロサンゼルス・エンゼルスに所属する大谷選手。2021年シーズンの最優秀選手(MVP)に輝いた。岩手県奥州市出身</span>(写真:AP/アフロ)
米ロサンゼルス・エンゼルスに所属する大谷選手。2021年シーズンの最優秀選手(MVP)に輝いた。岩手県奥州市出身(写真:AP/アフロ)

 野球で培った身体能力なんて長い目で見たら、人生の役に立ちません。年齢とともに身体能力は必ず落ちます。80歳になった大谷が160キロの剛速球を投げていたら気持ち悪いでしょう(笑)。

 そもそも野球で一生メシが食べられるのは、ほんの一握りの人ですよ。野球がうまくなることだけに高校生活を費やすのは無駄。恐ろしいほどの無駄です。

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