海外製印刷機などを相次ぎ導入し、設備投資で勝ち抜いてきた印刷会社。しかし、印刷需要縮小で、成長戦略が破綻して赤字受注に追い込まれた。本社を売却しても債務超過からは抜け出せず、2019年11月13日に民事再生を申し立てた(その後、千明社は、大王製紙グループの印刷会社、ダイオープリンティングが設立した同名子会社の「千明社」に印刷事業を譲渡している)。

千明社が2階に入居していた東京・九段北のビル

 カタログなどの印刷を手がける千明社(東京・千代田)は2019年11月13日、東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請した。申請時に従業員226人(正社員148人)を抱え、負債総額は29億7700万円(東京商工リサーチ調べ)に上った。19年の印刷会社の倒産としては最大とされる。

 千明社は1950年に根本三郎社長の父、豊明氏が東京都千代田区で活版印刷の会社として創業。55年に改組して株式会社となった。

 63年、東京都北区に王子事業部を設置。やがて本社所在地となる主力拠点として71年、83年と建屋を拡充した。高度成長期を通じて商業印刷の需要が拡大し、その波に乗って受注を伸ばした。

積極的な設備投資

 同社は、積極的な設備投資でコスト競争を勝ち抜く戦略を早い時期から取り続けた。

 まず、中小印刷会社として、いち早く印刷工程の一部である製版の電子化を進め、製版から事業を拡大した。72年に英国製の電子製版機を導入している。

最新の設備をそろえていた
千明社の沿革
出典:民事再生申立書や同社の資料などを基に編集部作成

 カタログ印刷では、原稿を読み取ってフィルムを作り、このフィルムを焼き付けた刷版を印刷に用いる。原稿をスキャンして、印刷用の細かい点(網点)に変換したフィルムを作るのが電子製版機の役目だ。

高速印刷機で勝負していたが…
カタログ印刷の大まかな流れと赤字受注の原因

 従来は手作業が多かった製版工程の修正が容易になり、印刷物の納期が短縮できるとして70~80年代に導入が進んだ。

 千明社はその後も海外製電子製版機の導入を続けた。82年4月17日付の「日経産業新聞」は「製販専業で(自動製版システムの)クロマコムを設置したのは同社(千明社)が初めて」と伝えている。83年には当時の王子工場隣に4階建ての「画像処理センター」を開設。クロマコムは当時の価格で1台1億数千万円の高額設備。85年4月1日付の同紙では豊明氏が「写真製版に関する限り、品質で印刷大手に絶対負けない体制が整った」と誇っている。クロマコムは日本に当時15台しかなく、そのうち3台が千明社で稼働していたという。

 千明社は電子製版を武器に顧客を拡大し、後工程となるオフセット輪転印刷にも乗り出した。

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