「社長の教組」「日本のドラッカー」と称される一倉定が、再注目されている。中でも、1969年発行の『ゆがめられた目標管理』は組織運営のバイブルだ。コロナ禍のような激動の時代のマネジメントを説いた名著をダイジェストした。
1918(大正7)年、群馬県生まれ。36年、旧制前橋中学校(現在の前橋高校)を卒業後、中島飛行機、日本能率協会などを経て、63年、経営コンサルタントとして独立。「社長の教祖」「日本のドラッカー」と呼ばれ、多くの経営者が師事した。指導した会社は大中小1万社近くに及ぶ。1999年逝去
※文中の注は、日経トップリーダー編集部によるもの。漢字表記などは本誌に準じて変えた部分がある
(前編から読む)
真の人間関係とは、どうも人間関係論者の主張と違う。「可愛い子には旅をさせろ」「獅子はわが子を谷底につき落とす」。これが真の人間尊重の理念ではないのか。何百年の長きにわたり、人間の叡智の「ふるい」にかかって生き残ってきた格言なのだ。正しくなければ消えているはずである。
真に人間を尊重するならば、なぜ人間を信頼し、隠れた能力を期待して、本人さえも考えてみなかった高い目標を与え、重い責任を負わせて突き放さないのだ。そして、ジッと見守っていてやらないのだ。その試練に負けてしまったのなら仕方がない。それもせずに、頭から他人の判断だけで本人の能力を判定してしまうのは、人間不信である。このようなことをするのは、決めつけられる当人だけでなく、あなた自身をも傷つけることになりはしないだろうか。
筆者は以上の考えから、ムリと思われることを人に要求する。そのときに「ムリだから君に頼むのだ。ムリでなければ君には頼まない」と言う。これが人間信頼だ。「人はどんな隠れた能力を持っているか分からない。いや持っているのだ。それに期待して今はムリと思うことを頼む」と言うのだ。
そして、そのムリを言わなければならない理由として「企業の目標の本質」をじっくりと説明し、厳しい現実を生き抜くための覚悟と心構えを、繰り返し強調することが大切である。こうすると、誰でも必ずと言っていいくらい納得してくれるのだ。
現状を基にした実現可能な目標には、自己満足はあっても厳しい事態の認識など生まれるはずがない。ここに危険が潜んでいる。この危険は誰でもない、自分自身の手でつくり出した危険なのだ。
優れた目標は「生き残る条件」をもとにし、凡庸な目標は過去の実績をもとにして立てられる。優れた目標は会社の存続と発展を約束し、凡庸な目標は会社を破綻に導くのである。
賃金は予測できる数字
中小企業では、装置工業などの少ない人員で済むものは別にして、賃金こそ最も恐ろしい費用であり、最も高い信頼度で予測できる数字だ。これに、これまた非常な確実さで計算できる経費を合算すると、内部費用の総額がつかめる。しかし、その確実に発生する内部費用をまかなって、その上利益を出していくための収入のほうは、全く不安定で保証などどこにもない。
企業というものは、放っておけば赤字になり、倒産するようにできているのである。それを黒字に持っていき、存続させなければならないのが経営者なのである。
最も恐ろしく、最も信頼できる予測賃金に根拠をおいて、ここから出発して目標を設定するということは、中小企業にとっては最も賢明な道であろう。
会社を存続させるためには、どの数字がどのようにならなければならないかを、最低3年間、もう一つ欲を出せば5年先までつくってみるところから出発することを、おすすめする。すると単に賃金だけ考えていてもダメなことがよく分かる。嫌でも外部・内部の諸条件を分析し、合成していかなければならないことに気がつく。それが、新たな視野から企業を長期的にながめることになるのだ。
目標を達成するためには、成果は顧客によって得られるという視点が大切だ。企業の本当の支配者は社長でもなければ株主でもない。それは顧客なのである。企業の製品もサービスも、顧客あっての話なのだ。この当たり前の、あまりにも当たり前のことが、とかく忘れられてしまうのである。
顧客は企業に対して直接命令を下すことはない。多くは、どのような製品を開発せよと言わないし、廃棄せよとも言わない。自分の気にいらなければ、その製品を買わないだけである。何の予告もなしに、その会社を見捨ててしまう。ここに顧客の恐ろしさがある。
だからこそ、企業は、顧客が何を要求しているかを自分のほうから知ろうと努めなければならない。しかも、顧客に潜在している要求を誤りなく知る方法を我々はまだ知らない。ということは、我々は、さらにもっともっと顧客の潜在要求を知ることに努力しなければならないことを意味している。顧客の要求を知るかどうかが、企業の死活問題につながるのだ。
にもかかわらず、そうしたことは営業部門の担当であって、他の部門の仕事ではないかのごとき考え方や行動が企業内に多過ぎる。顧客の潜在要求どころか、ハッキリとした意思……注文に対してさえ、顧客の立場に立って考えようとせず、自社の立場から考えている人々が非常に多い。
もっと悪いのは、内部の人間関係を重視するあまり、顧客を忘れてしまうことだ。どこまでたたる人間関係であろうか(※「たたる」とは、あることが原因で悪い結果が起きること)。
わが国の企業で、顧客第一主義を明確に社是にうたっているものが何パーセントあるかを筆者はいつも考えるのである。社内の「和」を考えても、「顧客」を考えない経営者が多過ぎる。顧客を忘れる企業はやがては、顧客から忘れられるのだ。
経営担当者は上を向け
伝統的な管理論は「部下を管理する」ことのみに関心を示し、「上司の意図を理解し補佐する」という、経営担当者(※管理職のこと)の最も大切な役割については、全然教えようとしない。
経営担当者は、まず上を向かなければならない。上司の意図をよく理解して初めて部下に何をさせたらいいかが分かるのであり、客観情勢の変化を知らずに、これに対処することはできないからだ。
企業は戦争なのだ。食うか食われるかの血みどろの戦なのである。その戦に何が何でも勝ち残ることこそ至上命令なのである。
経営者は「目標は1つでも、手段は無数にある」という指導理念に徹する必要がある。やり方はどうでもよいのだ。要は結果を手に入れることなのである。
松下電器産業(※現パナソニック)では「こうせえ、ああせえ」とは言わない。「こうしたらどうや」と言う。これが本当なのだ。「過程主義」でなく、「結果主義」に徹しているのは立派である。
ただし、生き残る条件としての目標は並大抵の努力で達成できるものではない。その目標達成を、各人のセルフ・コントロールに任せておけばよいという考え方は、上司の怠慢であり、自分から目標達成を放棄することなのである。
やり方は任せるのだから、上司が口を出すのは干渉になる。やたらと口を出してはいけない──。筆者も全く同感である。各人は、自己統制を行いながら目標達成に努力する。その通りである。
だからといって、まず本人の反省が大切であり、上司のチェックはその後で行うという目標管理の指導理念は、正しいということにはならない。いや、筆者に言わせたら、全くの間違いである。
その間違いは、目標管理の思想そのものにある。つまり、目標は各人の能力に合った、実現可能なものでなければならない、という思想である。目標を設定する時点で、既に実現可能な見通しがあるのだから、実現はほとんど間違いないのだ。だから、まず自己評価し、その後で上司が評価すればいいと言えるのだ。
目標は上司の決意
このような「会社は絶対に潰れない」という前提条件がなければ成り立たない理論は、我々には不要どころか、害になるだけである。目標は企業が生き残るためのトップの決意である。是が非でも達成しなければならないのだ。だからこそ、目標は上司によって強力なチェックが必要なのである。
どこまでも目標達成を要求し、指導するのが上司の役目であり、目標を達成することが担当者の責任なのである。
目標は上司の決意であり、チェックは執念の表れである。執念のない決意は、障害の前についえ去る危険があり、制約条件と早々と妥協しがちになるのである。あくまでも執念を持って粘り抜くのだ。この粘りが、目標達成の成否を決める大切な鍵なのだ。
定期的にチェックしないのならば、目標など設定しないほうがよい。きれい事の自己統制で目標管理ができるのは、「紙の上」だけの話なのである。それほど目標達成は苦しく、難しいものなのだ。
このようなチェックを行うと、チェックを受ける側はどのように受け取るだろうか。それは、某社の某課長が、筆者に語った言葉で代表されよう。
「従来の報告会は何も準備せずに出席できた。不達成の理由を追及されるのはありがたくないけれど、それに対して言い訳の機会が与えられる。その結果、不達成が正当化され、責任がウヤムヤになっていった。
ところが、新しいやり方は苦痛だ。伝家の宝刀である言い訳をピタリと封じられてしまい、おまけに、不達成の対策を持って会議に出なければならない。準備をしないと会議に出られない。ヒドイですよ……」
そして、その後の付け足しの言葉が傑作である。「しかし、これが本当ですね」──。
(この記事は、「日経トップリーダー」2021年2月号の記事を基に構成しました)
不朽の名著が続々とコロナ下で復活
経営者の間で大きな話題を集めた『マネジメントへの挑戦』に続いて、『ゆがめられた目標管理』がこの度、復刻しました。
原書の出版は1969年。読み進めると、今から50年以上前に書かれたものとは思えぬ鮮度に驚くでしょう。コロナ禍で経済と社会が大きく変動する現代に向けて書かれたような衝撃が走ります。
「中小企業の救世主」「日本のドラッカー」などの異名を持つ、不世出の名コンサルタント、一倉定が蘇り、すべての企業、そして経営者に未来への道筋を示します。
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