どんな世界的大企業も、最初はゼロから始まった。その後、どのような成長曲線を描くかは経営者次第。大きく伸びるか、停滞するか。その分岐点は、経営環境の変化など、成長を阻む壁を突破できるかにある。

 どこにでもある家具店だった「タンスのゲン」はなぜ、売上高200億円を超える企業になれたのか。同社のケースから成長する組織と変われない組織の違いを考える。

<span class="fontBold">GENの文字をかたどったオブジェが 目を引く本社エントランス</span>(写真/菅 敏一)
GENの文字をかたどったオブジェが 目を引く本社エントランス(写真/菅 敏一)

・ECシフト、物流費高騰…壁の乗り越え方
・インタビュー橋爪福寿社長 社長の仕事は勉強して人に聞くこと


地方の家具店から売上高200億円企業へ
ECシフト、物流費高騰…壁の乗り越え方

タンスのゲンが経験した大きな壁は「月商1億円の壁」など3つ。「店舗販売の壁」「物流費高騰の壁」は、多くの企業にとって人ごとでないはず。コロナ禍でインターネット消費が急拡大する今、まさにヒントになる。

[画像のクリックで拡大表示]

 家具業界の勝ち組は「ニトリ」と「イケア」ばかりではない。意外な健闘企業がある。国内有数の家具の産地、福岡県大川市のタンスのゲンだ。1964年に同社の前身、九州工芸が創業。職人5人ほどの木工所で、当初は高額な婚礼家具が飛ぶようによく売れたという。ただ、消費者の価値観やライフスタイルの変化に伴い、婚礼家具市場は次第に衰退していく。

 そんな中、活路を求め、91年に福岡県筑後市に九州工芸筑後店を開店。家具製造から小売りに転じたものの、いまひとつパッとしない。家具販売だけでは店が維持できないため、オーダー家具の注文を受け、製造は木工所に依頼。取り付けを請け負うことで、何とか食いつないでいた。

 タンスのゲンがぶつかった第1の壁は、この店舗販売の壁だ。

ネット専業に転換

 そんなとき、 近隣で「インターネットで毎月500万円も家具を売っている店がある」という話を聞き、橋爪福寿(ふくひさ)社長はネット通販を始めようと考えた。2002年のことだ。この決断が壁を打ち破る突破口になった。

 橋爪社長はすぐさま楽天に電話をかけ、出店条件だったスタートアップセミナーに参加。それから半年後の02年7月15日に楽天市場に店をオープンした。滑り出しは順調で、初月の売り上げは20万8000円。2カ月目に100万円、3カ月目には300万円を超えたという。

 この時点ではネット販売のノウハウはほとんどなく、特別なことはしていない。「お客様に商品を発送するときは手書きのメッセージを入れるといい、冬の寒いときはのど飴の1つでも同封するといいといった楽天で教わったことを真面目に実践しただけ」(橋爪社長)。

 04年には筑後店を閉鎖。ネット専業の家具店として新たなスタートを切る。社員数は10人になった。ある程度規模を拡大したところで、同業大手のやり方を徹底的に研究し、どうしたら差別化を図れるか、知恵を絞った。

「楽天の創業者、三木谷浩史さんの本をたくさん読んだ。その中に『ライバルを追い抜くためにはライバルの強みを全部書き出せ。同じことをして相手の強みを消せ』『オリジナリティーを持て。そうすれば必ず勝ち抜ける』とあった」

 そこで深夜12時でも土日でも事務所に人を待機させ、お客からの問い合わせに応えられる体制を整えた。当時、大手は平日の午前9時から午後5時までしか対応していないところが多かったからだ。「どうしたらお客様が喜んでくれるか。ネットでも実店舗でも商売の基本は同じ。店舗で接客してきた経験が生きた」。

 タンスのゲンで買う理由がなければ購入にはつながらない。「ニトリなら、楽天市場の中で『ニトリ』で検索して来る。タンスのゲンは『家具 安い おすすめ』などで検索してたまたま来る。よそと違う、うちで買う理由を常に研究しなければいけない」。

 こうして基本に忠実に取り組んだこと、他社と差別化を図ったことと同時に、「尻に火がついた」状態の橋爪社長の本気こそが壁を超えられたポイントだろう。実際、出店前の楽天でのセミナーに参加した約60人のうち、今でも楽天市場に店舗が残っているのはタンスのゲンだけだという。

次ページ 月商1億円が遠い