髙見澤志和(たかみざわ・ゆきかず)
1976年群馬県生まれ。2000年慶應義塾大学卒業。同大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。父の急逝に伴い、03年荻野屋へ入社。12年に6代目社長に就任。19年12月期の売上高は約60億円、従業員数は580人(写真:菊池一郎)

Q. 急死した父から引き継いだ、過剰投資で膨らんだ“負の遺産”。いかに処理し、立て直したか?

A. 実力を蓄えて、運を味方につける

 父の訃報を聞いたのは、留学先のロンドンです。父は仕事のため滞在していたサイパンで急逝しました。62歳でした。

 父はそれまで病気一つしたことがない人だったので、すぐには信じられませんでした。思えばこのとき初めて荻野屋を継ぐ覚悟ができたような気がします。

峠の釜めしの累計販売数は1億7000万個。往時は1日に2万5000個を販売したことも。現在は、横川駅のほか、軽井沢駅や東京駅、群馬県と長野県のドライブイン、サービスエリアなどに販路を拡大

 もともと髙見澤家は群馬・霧積(きりづみ)温泉で、荻野屋の屋号で旅館を営んでいました。信越本線横川駅開業に伴い、駅弁の販売を始めたのが今から135年前です。

 1958年に発売した看板商品「峠の釜めし」は、祖母のみねじが創案しました。父が亡くなった当時は、みねじの娘である母が荻野屋の社長を、娘婿の父はドライブイン事業を担うおぎのやドライブインの社長を務めていました。

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