森永製菓でやろうとしたこと、得たこと

 マンダムでは21年間各国に駐在し、25年勤めて退社しました。現地駐在員時代にしばしば「マンダムがこれだけ海外展開に成功したのに、日本を代表するような信用も資金もブランドも技術もある多くの大企業のグローバル化が進まないのはなぜなのだろうか? なぜもっと本気でアクションを起こさないのだろうか?」と疑問に感じていました。

 退職後は半年ほど休養していましたが、この大きな疑問について中から観察しながら、やり方を提言して、実行し、自信を持ってもらうことができないかと考えていました。そんな時に、海外事業を本格的に改革したいと森永製菓から声を掛けていただき、2012年から18年まで約6年間海外業務に携わりました。

一企業である海外現法で若手を経営者として育成、経験を積ませることが大切だ(写真:123 RF)
一企業である海外現法で若手を経営者として育成、経験を積ませることが大切だ(写真:123 RF)

 入社して最初に感じたのは人材の定義と人選の仕組みが海外事業に適していないことでした。人事評価や制度は完全に国内向けで、現地法人の経営を任せるべき責任者や情熱と行動力を持った若手エースが海外に投入されにくいものでした。

 組織の中の優秀な幹部と経営執行者として優秀な人材は全く違います。現法の責任者には自分に代わって意思決定をしてくれる上司はいませんし、黙っていても支えてくれる部下もいません。

 海外責任者は一国一城の主で、本社を説得する気概の持ち主でなければなりません。組織人として歯車に徹して本社の指示を待つクセが抜けないままでは困ります。日本企業が海外事業を本格的に実行し、成功させるには経営者を経営者として育てる仕組みが必要だと改めて分かりました。

 森永製菓には素晴らしい頭脳と情熱を持った優秀な人材がたくさん入社しています。しかしながら勤務を続けるうちに優秀な人材が、組織の歯車として働くことに一生懸命になり、市場を創造することや経営は他人の役割と割り切っているように見えました。大多数の日本企業では、組織運営にたけた者が評価される基準なので人材が埋もれてしまい、経営者の育成を阻害します。

 森永製菓の創業者・森永太一郎は、単身米国で菓子製造技術を学び、1人で事業を立ち上げて日本に西洋菓子を伝導した偉大な実業家でした。戦前はアジア各国に工場を持つ国際企業でもありました。そこで私は海外事業という形で原点に戻りましょうと訴えました。森永こそが日本を代表する菓子メーカーとして世界市場で確固たる地位を築かなければならない。そして生え抜きの若手社員の登竜門としての海外現法で理念に立脚した戦略と現地に根付いた戦術を実行して、日本発のグローバル菓子メーカーになるべきだと考えました。森永でやりたかったことはそういうことでした。

 特に若手社員には、世界で将来の可能性を感じ、経営と管理の違いを知り、リーダーとして周りや部下を幸せにする経営者を目指してほしいと思いました。世界中を跳び回りながら奮闘したのですが、残念ながら6年という期間では中途半端なまま大阪に戻らねばならなくなりました。この点は今でも心残りです。

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