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マンダムと森永製菓で約30年にわたり新興国事業の責任者や本社の海外担当責任者を務めた山下充洋氏の体験を通じて、企業の海外進出について指南する本連載。実践編の第12回は本社に戻ってから気づいたこと。同氏はこれから企業に必要なのは「経営者を育てる仕組みづくり」と言う。成長市場で経験することの意味、理想の経営、経営者像とは。

入社2年目で海外を任された理由

シンガポールのチャンギ国際空港。筆者が赴任していた当時も今もアジアのショーウインドーであることは変わらない(写真:123RF)*写真はイメージ

 2008年5月、43歳で海外勤務を終え本社に戻りました。海外駐在中の21年間、最初から最後まで一貫して各国の責任者として奔走し、七転八倒しながらアジアの市場で戦ってきました。経営を咀嚼(そしゃく)し、自分の型を作り、自分の経営思想に自信を持つことができるようになりました。さらに私が理想とする経営モデルや経営者像も形成されていきました。その理想を胸に情熱と責任を持って本社に戻り、執行役員という立場で海外事業を統括することになりました。

 そもそも、なぜ私が入社2年目に一人で海外に駐在し、現地責任者になったのか。その背景を説明しましょう。

 私が入社した年は、マンダムが倒産の危機を乗り越え、再生のメドが立ち、前年に株式公開を果たしたというタイミングでした。しかしそれまでの経営再建の過程で、経営陣の一新と社員のリストラなどがあり、私の上の世代にあたる中堅社員やエース社員の多くが退職していました。

 そのため私たちは入社時に経営陣から「20年後には経営者がいなくなる。それまでは僕たちが引っ張るが、引退するときに君たちの中から経営者が育っていてくれないと困る。君たちは今から経営者を目指してほしい」と言われました。会社としては若手を抜擢して使いながら育てなければならないタイミングだったのです。

 そうは言いながらも、3~5年は国内で勉強して経験を積むことができると思っていましたが、翌年には当時の社長や元副社長に「海外で経営を勉強してきなさい」といきなりシンガポールに放り出されました。元副社長からは「まずはアジアのショーウィンドーであるシンガポールで橋頭堡(きょうとうほ)を築け。アジアを、そして世界を見ておけ。次にアジア全体をどうすればいいのか考えろ」という漠然とした指示を受けて赴任し、その後は毎月の会議で1000本ノックを受けながら、実践で鍛えてもらいました。同時に「経営は人」「組織を動かすのは心」「信を問われるような言動はするな、明確に意思表示をしろ」など現地従業員の機微をうかがい知る術を身に付け、人として大切なことも教えていただきました。