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マンダムと森永製菓で合計約30年にわたり新興国事業の責任者や本社の海外担当責任者を務めた山下充洋氏の体験を通じて、企業の海外進出について指南する本連載。第9回はインドネシア編。マンダム・インドネシアに在任していた9年間、為替リスクのヘッジ、新たな成長市場、世界基準を体感するため、ドバイから世界へという課題を実行。しかし、それまで東南アジア諸国の進出を成功させてきた山下氏にとってもドバイはスケールの違いや、世界で競争する厳しさを改めて実感させられた地だった。インドネシア現地法人にとってドバイ事業とは。筆者が見たドバイは?
ドバイはアラブ首長国連邦(UAE)を構成している七つの首長国の1つ。石油資源に恵まれているとはいえず、大規模な港湾開発や自由貿易区の設置など独自の大規模インフラ整備を進めてきた(写真:123RF)

ドバイで知る世界レベルの販売量とコスト感

 マンダム・インドネシアの社長在任中の2001年から2008年。民主化の扉が開いたばかりのインドネシアで、「経営の近代化と国際企業へ」という目標を掲げて国内、海外戦略を推進していました。

 通貨危機の爪痕が残るインドネシアではまだまだ国内経済が不安定。為替リスクの対策など、財務体質を良くするためにキャッシュと外貨を稼ぐ必要があり、まずは日本向け商品を受注し、生産と日本やグループ各社への輸出で稼ぐ方法をとりました。しかしそれだけでは足りず、目をつけたのがドバイでした。

 ドバイはもともと前任者である本社副社長が販路を開拓していた場所ですが、私はドバイをただの輸出先ではなく、世界を肌で感じる情報源と位置づけ、政策方針を修正し、カテゴリー、表示言語、取引価格、展開地域など、積極的に世界を相手に商売を始めました。さらに印僑が全世界に構築したネットワークから入手した情報に触れ、ドバイビジネスの奥深さを知ることになりました。

 ドバイでまず驚いたのは取引価格でした。店頭価格はインドネシアよりも安い、信じられない値段で取引されていました。

 中には、自国内の廃番商品を輸出でさばこうと、赤字で処分した商品もありましたが、そのようなたたき売り商品だけではなく、10年以上取引され続けているロングセラー商品も数多くありました。

 「なぜそんなに安い取引価格で成り立つのだろう?」と一軒一軒お店を回ってその理由を探っていくと、答えは膨大な取引量にありました。一つのアイテムだけで、当時ギャツビーが東南アジア10カ国に輸出していた総量の数倍と桁が違うのです。世界一安い取引価格で世界一大量にさばくことで利益を生み出す構造でした。