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経営者の責任と本当の優しさとは

 「なぜ言ってくれなかったのですか? 私たちは残業してほしいと言われれば残業しました。ベルトコンベヤーのスピードを上げて生産性を上げてほしいと言ったら上げて頑張りました。なぜこんなことになる前に言ってくれなかったのですか? この会社ってそんなに不誠実な会社だったのですか?」

 侃々諤々(かんかんがくがく)の質疑応答の中、いろいろな質問が投げ掛けられました。「ユニホームは持って帰っていいですか?」「ふざけるな! お前が来て決めたのか?」。どの質問にもできるだけ誠実に一生懸命答えましたが、明日から路頭に迷うという事実だけは変わらない、非常に残酷な質疑応答でした。

 そんな中、この質問だけは、返答に窮し言葉が出ませんでした。この質問の本質は、「経営者の責任とは?」「本当の優しさとは何か?」というものです。

 「あなたの言う通りです。何も言えません。ただ1つあなたに今できる説明は、今日の午前中、取締役を全員解任しました。彼らには退職金も払いません」彼女にとってどれだけの意味があるのか、別に聞きたくもない説明だったかもしれませんでしたが、それしか言えることはありませんでした。

 質疑応答が終わり渋々サインをして退職金を受け取っていく様子を見つめながら、2階の自室に戻り、窓から外をのぞくと、帰っていく従業員の姿が見え、みんな泣いていました。門の外に出たらもう二度と戻れませんから、出るのをためらっていたり、出た後も帰らずに正門にたむろしたり、そんな光景を見ながら、こんな状態にしたのは自分ではないが、この決断を下したのは自分。本当に罪なことをしたのだ……。本当に正しい判断だったのか? 経営者の責任って何なのか? どうしたらよかったのだろう? これからどうすればいいのだろう? 心は揺れていましたが、頭の中ではこの風景を絶対忘れない、二度と従業員を路頭に迷わせるような経営はしないと自分に言い聞かせながら必死に目に焼き付けていました。

工場閉鎖の日、解雇された職員はいったん工場の門を出ると二度と戻ることはできない。門から出ようとしない職員たちの姿に胸が痛んだ(写真はイメージ。写真:123RF)

 このときの情景は今でも目に焼き付いています。今でもたまに夢に出てきて、心臓がドキドキしながら目が覚めるほど、トラウマとなって心に刻まれています。この原体験が、私の経営者としての信念を築きました。

 経営者の本当の優しさというのは、普段から表面的に「ご苦労さん」「ありがとう」「いいよ、いいよ」というような軽いものではないのです。顕在化していないリスクを予測して、無数のシミュレーションを繰り返し、日ごろから変化を掌握して、その状況がいつ起きても対応できる準備をして、耐えられる経営基盤をつくっておくことなのです。

 そのためには、従業員に厳しい指示や高い目標、難しい課題を与えても構わないのです。「今こういう状況だから、もしこんなことが起こったら潰れてしまいます。そうなる前に改善しなければならない。いつまでにあそこまで到達しないとこの会社は負けてしまいます」と話して、お尻をひっぱたいてでも、首根っこをつかまえてでも、やらなくてはいけないときにはやらせて、導いて、結果を出す。結果が出たときに、その苦労の意味が分かります。

 会社が潰れる、路頭に迷うという本当の苦労をさせないため、今少しの苦労をさせて、不幸にしないことが経営者としての本当の優しさです。そして成果に対してはボーナスをどんどん払い、他社以上の賃上げもやって、さらに十分な配当を株主に還元して、誰からも文句を言われない実績を残し、もうかる、勝てる経営構造、労使一体となった“戦うチーム”を作り上げる。

 最後の最後、定年の時に「この会社であなたと仕事をしてよかった」と従業員に本音で言わせることが経営者の真の責任だと実感しました。

 経営者は、絶対に従業員の人生を守り、可能な限り幸せにしてあげる、それをどこまで追求できるかが責務であり求めるべきゴールではないでしょうか。ある日、突然後ろから袈裟(けさ)懸けに斬り付けるようなことは絶対にやってはいけない。大衆迎合するような無能な経営者にはならない。これが私の自負であり、経営信念であり、生きざまになりました。海外駐在も10年を数え、入社11年目1998年、34歳の時でした。

(構成:鈴木素子、編集:日経BP総研 中堅・中小企業経営センター

著者/山下充洋(やました・みつひろ)

1964年生まれ。87年にマンダム入社。2001年マンダムインドネシア社長就任。08年マンダム執行役員、国際事業部担当兼国際事業部長就任。12年にマンダム退社後、同年森永製菓入社。森永製菓執行役員海外事業部担当。15年6月、森永製菓取締役上席執行役員 海外事業本部担当兼海外事業本部長。18年3月末森永製菓を退社し、同年6月から日経BP総研 中堅・中小企業経営センター 客員研究員。