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 企業のトップは一見何でもできそうに見えますが、実はできることは責任を取ることだけなのです。法律で規定されていることが多いし、株主総会や取締役会で決めるべきことなど、社会的なオーソライズ、機関決定を経なければ何もできないし、社内説明を求められる場面が多岐にわたります。社長1人だけで決められることは極めて少ないものです。

 そのため常に公認会計士や弁護士の先生たちと実行のプロセスや手続き、財務処理の方法、思想の適性を確認しながら事業を進めなければなりません。そのため日ごろから密接なコミュニケーションを図り、しっかりと信頼関係を構築し、「外部の有識者に確認してもらっているから適正であり、間違いない、大丈夫」と、パートナーや本社へ説明することで自信をもって施策の実行やIR・PRができるようになるのです。このことを当たり前と感じるようにしておかなければなりません。特に法務や財務の法規制の異なる海外子会社の責任者にとってはなおさらです。

 しかし、残念ながら、それができていない経営者や会社もたくさんあります。本社から出向してきて肩書が付き急に偉くなったと勘違いして、「○○以外は知らないからやっておいて」というように、肩書と責任の意味を勘違いしている人もいます。結局は個人のモラルの問題なのですが、しかるべき立場にある人が何か間違いを犯しそうなときやルールを無視してやろうとしたときにそれを制止する人を置き、ガバナンスの利く体制を構築すべきです。今回の話はもう時効なのでお話ししましたが、その後、タイは業績も回復し市場シェアやブランド認知率も急激に上がり、現地に根差した優良企業となっています。

企業再建スタートとほぼ同時に起きたアジア通貨危機

 タイの再建にあたり、やるべきことは徹底した構造改革でした。それまでのタイの販売会社では40人近くの営業スタッフを雇い、彼らが直接販売店を訪問し営業をする直流通を自社で行っていました。これでは何千店、何万店もの小売店との取引を自社で管理する必要があります。

 それにより財務部門が売り掛け、出荷、伝票作成など全てを担当するために、まだ営業や流通が軌道に乗っておらず、売り上げ規模が小さいのに、利益を生まない経理部門だけで数十人。人事や総務も同規模いる状態でした。当時タイには販社のほか生産工場を持っていたこともあり、ある程度の人数が必要なのは理解できますが、販社の存在目的である販売機能より管理部門の方が重たいこの現状を見た瞬間、この会社がもうかるわけがないとすぐに分かりました。管理部門の人件費だけで利益がなくなってしまい宣伝販促費用が捻出できず、そのため十分なマーケティング活動もできず、営業が売れない物を押し込む、だから集金に苦労する、という悪循環でした。

日系企業も数多く進出しているバンコク郊外の工業団地。当初は現地生産を維持するつもりだったが(写真はイメージ。写真:渡辺広史/Afro)

 まず取り掛かったのは、直販流通をやめて問屋流通に変更することと管理部門のスリム化です。現地で販売総代理店契約をし、営業活動(受注、納品、集金) を総代理店に移管し、我々はメーカーとしてマーケティングに専念する。同時に40人近く在籍していた営業スタッフ全員を退職金を払って解雇(一部は代理店の問屋に移籍)。直販から問屋流通に切り替えて、代理店の方には「あなたにタイのマーケットを全て任せます。そのかわり当社の営業スタッフを引き受けてください」と総販売代理権付きで営業スタッフを引き取ってもらう契約でした。

 その結果、総代理店にマージンを支払う分売り上げは減少しますが、営業スタッフの人件費など固定費がなくなるので、利益を出せる体制になりました。また売り上げは週1回、伝票も1枚で済むので財務管理も数十人体制から5人ほどになり、必然的に総務や人事の人数も少なくなります。こうして経営体質を軽量化する一方で、工場も品目の集約と効率化を目指しつつ、新製品の開発に着手しました。