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 マレーシアは当時、組織小売業が存在しているのは、まだ首都のクアラルンプール、ジョホーバルなどの大きな都市のみ。地方都市にはほぼ進出していませんでした。地方部には地元資本の量販店とほとんどがいわゆる「パパママ・ストア」(夫婦と家族、1~2人の従業員で経営している小規模小売店)と呼ばれる小売店でした。そのような小売店がシンガポールよりはるかに広い国土に何万と点在したのです。

マレーシアの地方都市の小売店のほとんどは家族経営のいわゆる 「パパママ・ストア」だった。(写真:123RF)※写真はイメージです

 クアラルンプールの組織小売業は宣伝や販促の場になるので、知名度を上げるためには費用投下が必要です。組織小売業で取り扱いされていることが会社の信頼につながりますし、生活者も「この商品は間違いないだろう」と思うわけです。

 しかしその一方で、商品導入費、目立つエンドゴンドラの陳列費用、販売員の費用などが必要ですのでコストがかかりますし、下手をすると赤字になります。組織小売業だけで利益をあげるのは非常に厳しい構造です。

 そのため、組織小売業とは別にとにかく多くの小売店「パパママ・ストア」に小サイズ、低価格の商品を中心に導入し、薄利多売で利益を上げ、利幅は薄いけれども何万店ものお店から集めた利益で、組織小売業のマイナスを補填する構造です。

 そこで、本社のあるクアラルンプールに組織小売業担当の営業部隊を設置し、都市部の組織小売業とは直接取引、地方部の小売店「パパママ・ストア」と量販店には現地の問屋を経由して商品を卸すという2つの流通ルートで販売する営業体制を整備しました。

 販促や経費を維持していくための全体コストを計算すると、全国で最低2万店に商品を導入しなくてはなりませんでした。それからは全土に流通網を広げる営業体制の整備の日々が続きました。毎月1州に1営業所と地域代理店を新設し、地元に営業マンを雇い、セールストークや問屋営業の仕方を教育しながら、月に一度クアラルンプールの本社に全営業マンを集め方針の徹底と進捗の確認にあたりました。

知名度を上げ、ブランド力を向上するため大手量販店やショッピングモールでの展開は不可欠。しかし、美容部員の人件費や棚の確保などにかかる費用も多く、利益率は低い(写真:123RF)※写真はイメージです

 地方の営業所として借りるのは2階建ての庭付き一軒家です。1階を倉庫兼事務所、2階を従業員の社宅として住み込みができるようにすることで、倉庫の番にもなり、庭には営業用車が2~3台置けるなどいろいろと便利で経費が節約できるからです。

 各州の営業マンは、バン(ワゴン車)に商品を積んでその州内の問屋を訪問していくのですが、問屋や量販店の売上高に応じて、週1回、半月に1回、1カ月に1回と訪問頻度にメリハリをつけて、同時に評判の良い問屋を次々と開拓することで、商品が導入される店舗数も増えていきました。その結果、数年後には売上額がシンガポールに並びました。マレーシアでは購買力に合わせ販売価格を低く設定していたことを考慮すると、販売点数ではシンガポールを凌駕(りょうが)しました。