マンダムと森永製菓で合計約30年にわたり新興国事業の責任者や本社の海外担当責任者を務めた山下充洋氏が、企業の海外進出について指南する本連載。実践編の第3回は駐在員の必修科目である現地でのコミュニケーション方法や人脈の築き方。華僑の間には知らないと失敗する「暗黙のビジネスルール」も存在する。シンガポールで華僑の人々と深く関わった著者が得た、ビジネスを広げていくための重要ポイントを解説する。

「理屈」で攻めるシンガポール人の弱み
ここまで、最初の赴任先シンガポールで現地パートナーと同じ考え、同じ目標を持つことの難しさと3次元のビジネスモデルについてお話ししました。
今回は、駐在員の醍醐味であり、一番の苦労でもある、現地での人脈と信頼構築の仕方です。日用品など一般消費財を製造販売するメーカーにとって、生活者の、それもその国の末端まで入り込んで庶民感覚を肌で感じとっていく努力は大事な仕事です。国ごとに国民性もビジネスモデルも、仕事の進め方や現地に根付いていく方法も違います。
シンガポールは、中華系、マレー系、インド系の人々から成り立っていますが、基本的にはほぼ中華系、いわゆる華僑の国です。現在のシンガポールとは少々異なることもあるかもしれませんが、ベースは変わっていないはずです。今回は私の経験から得た華僑社会に根を張っていく方法、東南アジア諸国に通じるチャイニーズルールなどをお話しします。
まずは国民性。あくまでも個人的な見解ですが、シンガポール人は優等生を演じたがります。多民族国家のため論理的に話し、相手との距離感が決まるまでは個人的見解を話さない人が多く、仕事の上では「ちょっとそこのところよろしく」と言ってニュアンスをくみ取ってくれることを期待したり、なあなあで済ませたりすると、相手方有利でことが進んでしまいます。また、シンガポールの人は理屈(論理)で攻めてくることが多いのですが、こちらが理屈(論理)で反論すると、これまで主張していた理屈(論理)に縛られて、逆に自分で自分を追い込んでしまうことがよくあります。
例えば、取引先はメーカーに対して「〇〇をしてほしい」とはっきりと意見や要望を言ってきます。これに対して、「わかった。その要求を受けるから、その代わりその理屈で言うならば、御社は〇〇は絶対やっていただけますよね?」と返すと、NOとは言いません。その分、彼らは論理立てて話を進めると納得し、納得すれば、非常にビジネスライクに仕事を進めるという特徴がありました。
当時、私は責任者でしたが一番年下で、現地のスタッフはすべて10歳ぐらい先輩でした。彼らは彼らなりにプライドを持っているため、心の中では「ミスター・ヤマシタはシンガポールを知らないくせに」と思っていたはずです。
駐在員の誰もが直面する、現地スタッフとの信頼関係の構築という壁に直面したわけですが、この時に「僕はシンガポールの個別の特徴はまだ知らない。だから、戦術はあなたに任せる。しかし、マス流通での化粧品の売り方は万国共通で、会社の責任者は僕だから、戦略とやるべきことは僕が決定し、責任も取る。だから君は結果を出してほしい」と言い、線引きと分担、組織の序列をはっきりと明確にしておくことに注意しました。
どこの国で仕事をする際にも大事なことは、線引きと分担、組織の序列をはっきりさせて、あとは信じて任せることです。それが事業執行のために、現地スタッフとの関係や信頼を構築する重要なポイントです。

私は責任者として厳しいことも言わざるを得なかった分、仕事が終わればフランクに付き合うように努めました。お酒をつぐときにも目上の人に接する態度で「僕も立場として言わなければいけないこともあるのを分かってくださいね。あなたたちの気持ちはちゃんと分かっています」という本音を伝える努力をしました。
現地社員や取引先とのコミュニケーションを取るために、屋台店でコーヒーを飲んだり、ホーカーセンターで食事をしたり、を続けていくうちに、彼らも、私が本社と現地の調整や費用対効果を考えてバランスを取っていることを分かってくれるようになっていきました。そうなってくると、さらに深く付き合えるようになって「じゃあ今晩は飲みに行くぞ!」と夕飯から夜遅くまで一緒にいる時間が増えていきました。
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