しかし、冷静になって考えれば、もちろん彼らの言い分にも一理あります。彼らの立場からすれば、利益が減ると困るのはもっともなことですし、さらに彼らの話をよく聞いてみると、扱うブランドが強くなっていくたびに、これまで彼らは痛い目にあってきたことが分かりました。つまり、もっと大きな代理店に商品を持っていかれたり、メーカーが直営販社を作って取り扱いを独占したり……「商品を育てた後は捨てられる」という不幸な経験を繰り返していたのです。ブランド価値向上は、パートナー企業にとってはリスクにもなり得るという側面に初めて気づかされました。

 まだ若く、メーカーの社員である私には思いもよらないことでした。この体験から学んだことは、まず、相互に「分かっている」という思い込みを持たずに、日常のやり取りや関わりを丁寧に積み上げて、コミュニケーションを取る必要があること。さらに、相手の立場に立って不安を取り除くことが重要だということ。そして、現地のパートナーに対して日本企業の利益代表者としての姿勢を前面に出すのではなく、「中立」「公正」の立ち位置を守り、パートナーからの「信頼」を得なければならないということです。

 私はギャツビーのブランド価値が上がっても、もちろん従来の体制に変更はないと明言しました。また、負担すべき経費については、経費の種類を細分化して、それぞれメーカー(マンダム)が負担すべきものと、現地販社(パートナー)が負担すべきものとに、相手の合意を得ながら理詰めで整理していきました。

 具体的には、ブランディングに関する費用はメーカーであるマンダムが負担し、販促に関する費用、物流や営業に関する費用、売り上げ拡大のために営業担当者を雇う人件費などは販社が負担することに。このようにルールを明確化しました。そのうえで、現地販社がきちんと採算ベースに乗るように計画を立てました。さらには「3年後に売上高はいくら」「5年後に男性化粧品の中でのシェアはこのくらい」といった長期的な目標を共有することにも心を砕きました。

現地と本社の間の「通訳」の仕方

 現地と本社、双方のコミュニケーションをうまく取るのは、言うまでもなく現地責任者の最も重要な職務の一つです。すなわち双方の本音を相互に「通訳」することが必要になりますが、これは非常に難しい仕事です。時には、相互の信頼感を高めるために、パートナー企業の担当者をマンダムの本社に招き、シンガポールの将来を真剣に話し合ったり、担当者からシンガポールの政治・経済の環境や現在の事業業績などを報告してもらったりして、お互いが納得できる状況をつくるように努めていきました。

本社と現地の間をうまく取り持つのも現地責任者の重要な役割(写真:123RF)
本社と現地の間をうまく取り持つのも現地責任者の重要な役割(写真:123RF)

 並行して個人レベルでも信頼関係をつくるため、個別にフェース・トゥ・フェースで話す機会や、飲み会・会食などインフォーマルな機会も積極的につくり、私個人の思いを理解してもらえるように、また気軽に会話ができるように努めました。

 コミュニケーションとは結局、人間性そのものが問われる行為であり、最後はそれぞれの相手に信頼されているかどうかで決まるのです。一緒に働く者同士が不幸な「同床異夢」を見ることを防ぐには、「自分の考えは本当に伝わっているか」「私は相手の言いたいことを本当に理解できているだろうか」と常に自問し、「相手の真意は何か」「相手の意向をくみ取れているか」などと、相手に誠実に向き合っていくべきなのです。

パートナーを持たずに独力で進出するという選択もある

 もちろん場合によっては最初から現地にパートナー企業を持たずに、独力で海外進出をするという選択肢もあります。私が今、企業の海外進出をコンサルティングするときには、本当にその企業の海外進出にとって現地パートナーが必要なのかを深く考えてもらうようにしています。とても安易にパートナーを選ぶ企業が、世の中には驚くほど多いからです。

 未知の海外市場に進出するのにあたり、現地の企業と何らかのパートナーシップを結んで事業を進めるのは一般的手法です。しかし、何を相手に求めるのかを明確にせずに安易にパートナーを選ぶと後々非常に大きなリスクになります。

 ビジネスにおけるパートナー選びは、個人でいえば「結婚」と同じくらい大切な決断です。まずは、何のためにこの国に進出し、何をしたいのかという原点に戻って考え、本当に自社にパートナーが必要なのかを再考すべきです。そして、相手に求める内容を明確化したうえで「結婚相手」を探した方がいい。そして、「自社の実力(得手・不得手)」と「相手企業の実力(得手・不得手)」を冷静に見極めることが大事。利益が上がっても上がらなくても、相手がいれば状況認識や経営判断には「差異」が後から出てくるものです。

 そうしたことを理解したうえで、もし本当に「結婚」するなら、自社と相手企業の長所・短所をそれぞれ棚卸しして、両社の特徴を整理しておく。その結果をふまえ、結婚後に自社が何を担当すべきであり、相手先企業には何を任せるのかを判断します。この過程を省いて、役割分担が中途半端な状態でパートナーの選定を急ぐと、いずれ「差異」が大きくなって、「ケンカ」になり、「離婚」へと発展します。

 ビジネスである以上、自社の権利を主張し主導権を握っておく押しの強さも必要ですし、またパートナー企業からの意見や質問に耳を傾けることも大切です。誠意を持って何回も議論し、相互理解を進めるとともに、「最終的なリスクを負うのは誰か」「権利や責任はどちらにあるのか」といった、将来の火種になり得る「経営の意思決定基準」を最初に決めて書面に残しておくことをお勧めします。後で起こることになる「ケンカ」を先にやっておくことです。

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