とはいえ当時のマンダムの経営トップは、経験も知識も年齢も不十分な自分をよく独りで赴任させ、重要なミッションを任せたものだと思います。今振り返れば、行動力を重視し、固定観念にとらわれずに、①「海外市場を開拓すること」と、②「10年、20年先の経営人材を育てること」の2つを期待して私(1番の若手)を海外に送り出した思考は正しかったと敬服します。

シンガポールの個人経営の店。いわゆる「パパ・ママ・ショップ」
シンガポールの個人経営の店。いわゆる「パパ・ママ・ショップ」

新しい酒は新しい革袋に

 1988年のシンガポールは、東南アジアで香港に次いで成長軌道に入り、1人当たりの GNP(国民総生産)が1万ドルを超えようとする時期でした。当時「1万ドルクラブ」といわれた先進国の仲間入りを果たすことにより、活気に満ちあふれ、国も国民も自信を持ち始めていました。

 1人当たりGNPが1万ドルを超えるのを境に、その国の生活者の嗜好は変わります。購買力がつき、「安かろう悪かろう」を受け入れる姿勢から、「少し高くても質の良いものを」「自分に合ったものを」というように、消費の対象となる商品に高品質や差別化を求めるようになります。高度成長を背景に、欲求や消費行動がそれまでとは一変していくのを、私はシンガポールのビジネスを通じて肌で感じました。

 そして自問自答をしました──。 アジア各国が本格的な成長を始めた1980年代後半のこの時期に、急成長するその市場を担当する意味とは何か? この時期に経営執行を担う責任者の使命は何か?

 今までと同じターゲットに、今までと同じチャネルで、同じ商品を売るべきか? それで売れるのか? 自問自答を続けるなかで行きついた答えは──「今までと同じ手法は、あり得ない」という当然の帰結でした。

 「新しいブランドを、新しいターゲット層に、新しいチャネルで売るべきだ」
 つまり「日本のナンバーワン男性化粧品ブランドである GATSBYは、流行に敏感な若者をターゲットとして、彼らが買い物に行く量販店で売ろう!」という結論に達しました。

 ターゲットとなる消費者のライフスタイルや購買チャネル、販売形態などの変化を敏感に感じ取り、販売チャネルを変化対応させていくのが営業担当者の役割であり使命です。そして海外駐在員にも同様のことが求められ、さらにはその方向性や方針を現地で決定することも課せられます。当時の私にとって、この販売チャネルの大胆な変更は非常に重圧のかかる、シビレる決裁だったのを今も覚えています。

 その当時のシンガポールには、ヤオハン(八百半デパート)、大丸、東急百貨店、そごう、伊勢丹、など日系の大手スーパーやデパートが進出し、現地資本の組織小売業NTUCなどが事業展開を加速し始めており、若者たちがそうした場所で時間を過ごすことや買い物をすることが流行の先端でした。

 旧来の「丹頂ポマード」の流通網を使わずに、出資した現地販売会社で新たにGATSBY専任の営業担当者を雇い、日系や現地の組織小売業のバイヤーへ直接商談に行ってもらいました。発売キャンペーンを実施し、GATSBYの市場への流通を開始しました。

 まさに「新しい酒は、新しい革袋に」という有名な言葉を実践したのでした。

30年前に実行していたのは、今はやりの「OODA」だった!?

 成長市場におけるビジネスは、成熟市場の「ゼロサムゲーム」のように定量のパイの奪い合いではありません。競合メーカーもたくさん新規参入してきますが、市場全体のパイが拡大している中での競争ですから、工夫と努力次第でいくらでも商品は売れます。ですので「GNPの成長率予想が7%、インフレ率予測が5%、したがって今期の売り上げ目標として15%は伸ばします」と日本の本社へ承認を一応求めますが、現地の責任者としては「最低でも20%。うまくやれば30%を望める」と内心考えて施策を立案し、前年の末から仕込みを開始します。

 競争すべき相手は、競合ブランドや競合商品であって本社や日本ではありません。私の最大の関心事はそれらの競争相手に対してどうやって勝つか、どうやって相手を上回る成長をするか、だけでした。計画や目標などはあくまでも期初の設定であり、最低限達成する数字。「市場の成長を上回ってシェアを伸ばす、そのためにできること、やれることは全部やる!」「30%でも40%でも、いけるだけいく!」という姿勢が基本であって、ビジネスを拡大するために、もうけるチャンスを逃さないことだけを考えていました。誤解を恐れずに言えば、ある意味で「ゲーム感覚」で事業を推進していました。

 このような環境でビジネスをしてきたからこそ言えることがあります。それは変化する市場に合わせて臨機応変に対応する経営判断と、実行を前提とした事前準備が何よりも重要だということです。具体的に言えば、期初に施策を5つ用意していても、そのうち2つぐらいは予測が外れて思うように結果が出ないことなどはよくある話です。その時、急成長しているマーケットならば、その2つの施策をいつまでも追いかけるのではなく、あえて見切って、競合相手の動きを見ながら新施策を期中からでも追加して始める。最初の計画の遂行にこだわるのではなく、状況に応じて施策を追加・変更・置き換えして、期末に目標を「超過達成」することに集中するのが重要なのです。

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