オンラインマーケティングの分野で今、ECなどの利用者に対して、その場にふさわしい体験をリアルタイムに提供するためのシステム、CX(カスタマー・エクスペリエンス=顧客体験)プラットフォームが注目されている。CXプラットフォーム「KARTE」を2015年にリリースしたプレイド(東京・中央)の倉橋健太代表取締役CEOは、「人々が本当に求めているサービスや体験は今後ますます“本質”へ向かう」と言う。同氏が考える人々が求める価値、また同社が今後目指していることなどを聞いた。
(聞き手/日経トップリーダー編集 田中 淳一郎 構成/片瀬 京子)
プレイドはオンライン上で、よりよい顧客体験をしてもらうためのシステムを開発し、大手企業にも採用されています。そこにはどのような背景があるのでしょうか。
倉橋健太氏(以下、倉橋):消費者は何かを買う際、どの商品やサービスがいいのかを探し、比較検討します。ネットの普及によって、あらゆる人があらゆる情報にアクセスできるようになり、検索や比較が便利にできるようになりました。
ところが今では、ネット上の情報量が圧倒的に増え、合理的な判断ができる情報量を超えているのです。このため、実は消費者にとって、商品やサービスを選ぶ意思決定の難度が上がっています。
具体的に言えば、消費者がネットで商品やサービスの価値を比べていると、次々に情報が出てきて何をどう比べればよいのか、調べている途中で当の本人も迷ってしまっているようなイメージです。
一方の企業は、商品やサービスに関する情報や価値を伝えにくくなっていると言えます。言い換えれば、消費者の1つの消費シーンに合致した適切な情報を届けるためのコストが上がっている、ということです。
倉橋健太(くらはし・けんた)氏
株式会社プレイド代表取締役CEO。新卒で楽天に入社。楽天市場におけるWebディレクション、マーケティング、モバイル戦略など多岐にわたる領域を担当。2011年にプレイド創業。15年3月にCXプラットフォーム「KARTE」をリリース。小売り・人材・不動産・金融など幅広い業種で導入が進んでいる。サービス開始から5年で延べ68億3000万ユーザーを解析。解析するユーザーによる年間流通金額は1兆5000億円を超えるという。スタートアップのランキングで、デロイト トウシュ トーマツ リミテッド 2018年 日本テクノロジー Fast 50 の第3位、Forbes Cloud/SaaS Ranking 2018の 第4位となった(写真:清水真帆呂)
消費者も企業も“ストレスフル”の時代
ネットが使われるようになって以来、企業側は購買データを分析し、この商品を買ってくれたのは、年齢はこれぐらいで性別はこう、この辺りに住んでいるといった属性情報を積み上げてきました。
しかし、サイトを訪れる人の多くは「今はまだ買っていない人」です。今ではそうした人の行動まで計測、活用できるようになっています。こうなると、企業が処理できる情報の量も増えすぎている状況と言えるでしょう。
現代は消費環境とテクノロジーが進化したことで、消費者も企業もストレスフルになってしまっているのです。
こうした状況下で私たちは、企業が消費者に伝えたい情報や価値を、どのようにして消費者のコンテキスト(背景、事情、文脈)に合わせて伝えるべきなのかを研究し、CXプラットフォームを開発しました。そしてこれを企業に提供することで彼らの活動を支援しています。
今求められている顧客体験は、ネットが普及しつつあった時代と比べると変化している、ということなのでしょうか。
倉橋:人々が良いと感じる体験の価値は、振り子のように行ったり来たりしているかもしれません。
今は、合理的に購入できるというスマートな体験の価値の高さから、人の手厚いサポートや自分だけに提案された体験といった価値の高さへの回帰が起こっているのかな、と感じています。CXは新しい概念ではありません。今求められているCXは、本質に戻るというか、混じり合っている、そういう印象です。
KARTEは、そうした今どきの体験価値を消費者に提供しているのでしょうか。
倉橋:KARTEはSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)と呼ばれるクラウドのプロダクトです。
企業がKARTEを導入すれば、その日から自社のサイトに来ている人、アプリを使っている人が“可視化”され、彼ら一人ひとりに対して、適切に提案したりサポートしたりできるようになります。
導入企業のWebサイト閲覧者やアプリの利用者に対して、きめ細かい顧客体験を提供できるわけです。
今、自社のWebサイトを見てくれている人は、以前ここで〇〇を買ったことのある、〇〇の分野の商品をよく見ている30代の男性で、久しぶりに訪れてくれた人、などとシステム上でリアルタイムに可視化できます。
導入企業は、そのような閲覧者がサイトを訪れたら、その人が興味を持ち得そうな情報を即座に発信するとかクーポンを発行するといったアクションをKARTEにあらかじめセットしておきます。KARTEはその人を見つけ次第、自動的にそうしたアクションを実行していきます。
CXプラットフォーム以前のマーケティングシステムでは、サイトを訪れた人が何を見ているかリアルタイムでは分かりません。アクションを起こすにしても、今ではもう考え方や用事が変わったかもしれない過去の行動を基にしていますので効果は不透明です。
KARTE導入企業では、自社ECサイトなどに訪れる顧客一人ひとりの、そのサイト上での行動をリアルタイムで把握できる。彼らに対して、その場で適切なサポートを実施できれば、顧客は優れたCXを得ることになる(画像:KARTEの運用画面/プレイド提供)
中小企業でも導入できる
KARTEに設定する条件やアクションはどのように決めるのですか。
倉橋:導入企業が自由に設定できます。担当者には、KARTEを通して自社サイトに来る人の行動を見てもらい、感じてもらって、この行動情報は活用する、この行動情報は必要ないといった判断をしてもらいます。
この作業を続けると、来訪者=潜在顧客の解像度が上がっていきますので、今度は彼らに対してどのようなアクションを起こすかを考えてもらいます。
導入企業と話をしていると、「この商品はこういう人に提案したい」「最近始めたサービスはこういう人に使ってほしい」という思いをもともとお持ちだと分かります。
これを基本設定として、現実にはこの商品にはこういう人が反応します、という要素を加味しながらチューニングしていくと、企業がやりたかったことがクリアになっていくのです。
今後は機械学習を活用した提案もできると思います。人が考える提案はこうかもしれないが、実は、機械学習から導き出されるこっちの提案の方がいい、といった面白さも今後見つかってくると思います。
中小企業でも活用できますか。
倉橋:KARTEを運用するのに誰か1人を張り付けておく必要はありません。
基本的には、まず設定をして、その後は状態を見ながらCXをチューニングしていけばいいのです。導入した企業では、既に何かのシステムオペレーションを担当している方が兼務するケースがほとんどですね。
ただ、チューニングすればするほどパフォーマンスが上がりますので、最近はKARTE専門のCXチームをつくる企業もあります。
KARTEには、Webサイト訪問者を対象にしたシステムとスマートフォンアプリからサービスを利用する人を対象にしたシステムがあるとのことですが、アプリ用の導入が増えているそうですね。
倉橋:そうです。メガバンクのような大手企業のほか、アプリだけで顧客との接点を持つ小さな企業も導入してくれています。アプリ用のマーケティングツールは世の中に幾つもありますが、顧客体験をつくるところに軸を置いているプロダクトが少ないからだと思います。
メガバンクの場合、サービスが多様化していますが、オンラインでの利用者はどのサービスに興味を持っているかを把握するのが簡単ではなかったようです。そこでKARTEを使うことにより、アプリ利用者の状況を正しく把握し、オンラインでも適切に能動的にサービスを提供できるようになっています。
例えば、銀行のアプリで住宅ローンに関するページを階層の深いところまで見ている、Q&Aも細かく読んでいるという利用者に対して、リアルタイムで関連情報を発信するだけでなく、そのユーザーから問い合わせがあった場合はゼロからではなく、それなりの深さから対応を開始することができます。
こうしたアクションの積み重ねが、優れた顧客体験につながることはほとんどの企業活動に言えることです。
企業は、顧客情報も提案したいものもたくさん持っています。ところが、そうした提案が利用者に届いているのか届いていないのか、いつ届ければいいのかが分かりませんでした。こうした悩みを解決して、適切に実行することが優れた顧客体験になるのです。
今回の新型コロナウイルスの流行のようなことが起こると、あからさまなプロモーションははばかられるということもあると思います。マーケティングというよりも、顧客が今望んでいる体験をそこに届けるという、当たり前のことを実現するのがCXのプラットフォームなのです。
KARTEと連動したアプリでは、アプリ利用者に対し、その利用状況に合わせた呼び掛けなどがされる。利用者は自分なりに情報などを見ているだけではなく、予想外の利用の仕方に気づいたり、次の行動を取りやすくなったりする(画像:KARTEで発信されるメッセージ例/プレイド提供)
得意な力を発揮でき、楽しいという体験が大切
KARTEをどのように発展させていきますか。
倉橋:今のところKARTEは、ユーザーとの効果的なコミュニケーションを自動的に図れるツールとして、その場の顧客体験はつくり出しているものの、新しい価値を生み出しているところまではいっていないと思っています。
自動化の結果、消費者や企業が豊かにならないと意味がありません。単にコスト削減、業務効率化をするだけでなく、人が何かを生み出すことを支援して、消費者、環境、世の中が豊かになる、さらに私たちもこの仕事の体験を通して豊かになる、それが一番大事なことだと考えています。
ネットで販路を拡大し、コストダウンも進めて収益性を改善できたなら、その利益を何に投資するのか。漠然とした話になってしまいますが、今後私たちが提供するサービスでは、その投資ができるような新たな価値を創造し、企業や消費者の未来、成長を生み出していきたいと考えているのです。
仕事も生活も、それにモチベーションを感じて楽しめていないと、そこから生み出される価値が大きくなることはありません。テクノロジーやデータは、人が本来やりたかったことをやれるように支援するためのものであって、私たちはそれを可能にする環境をつくりたいと考えています。
数字の計算や分析などは本来、人はあまり得意ではありません。そのためにデータやマーケティングオートメーションもなかなか柔軟に活用されないところがあるのだと思います。もっとテクノロジーを生かして、人は、得意とするところでパワーを発揮し、楽しく、いいタイミングでいい体験が生まれる、こういう価値をつくり出したいのです。
ちなみに当社では、プロダクトの開発初期から、7割ぐらいはシステムで自動的に処理し、残りの3割は人が介在して価値が生まれるような、そんなバランスを意識してきました。
KARTEのほかに、メディア事業を展開していますね。
倉橋:CXに焦点を当てたWebメディア「XD(クロスディー)」と、それに基づくオフラインイベント「CX DIVE」です。ここでは、世の中のあらゆる体験を魅力的にするための企業の取り組みなどを発信しながら、CXの世界観を醸成しています。
この2つの事業では、KARTEについて一切言及しませんし、当社が運営していることもほとんどアピールしていません。ですが将来、効率化よりも豊かさや体験が重視されるようになったときに、このようなメディアを運営していることが競争優位のポイントになると考えています。
メディアの中では理想を語り、議論していきますが、当社の、楽しみながら人が何かを生み出すのを支援することで世の中が豊かになっていくという理想の追求は、現実への対処とセットだと思っています。企業も私たちも、現実がうまくいっていなければ理想は追求できません。
ですから、今の企業の課題を確実にクリアしていくことと、理想的な未来を実現していくことは、両輪で進めていくことがとても重要だと思っています。
プレイドでは、Webメディアやリアルイベントにて先端的なCX論などを披露し、体験価値の重要性を社会に知らしめている(写真:カンファレンス「CX DIVE 2019 AKI」/プレイド提供)
人との持続的なタッチポイント
長引く新型コロナウイルスの影響によって、社会が大きく変わる可能性も出てきました。今後についての考えはありますか。
倉橋:今回の場合は、オフラインで人が集まるのが難しくなったり、先行き不透明で工場の稼働が止まったりしていますが、今後も何が起きるのかによって、影響の出方も変わるでしょう。
思うのは、今回の出来事で人々のこれまでの活動パターンが変わることによって、人のさまざまな活動が手段としてではなく、活動そのものを楽しむといった私たちが掲げている世界観に世の中が近付いていくかもしれません。
明確に言えることは、今回のことを機に、デジタルチャネルの位置付けをしっかり考えてほしいということです。
デジタルチャネルというのは、単なる販路などではなく、人とタッチポイントを築き続けられる場です。フィジカル(身体的・物理的)な場で何かが起こっても、人とつながってコミュニケーションができる、この体制は企業にとって重要な前提になっていくでしょう。
デジタルテクノロジーが担えるポテンシャルはとても大きいので、その土台を固めて、多面的なタッチポイントを築くという流れができてくると思います。
KARTE以前のことも伺いたいのですが、飲食店ガイドアプリ「foodstoQ」を開発していたこともありましたね。
倉橋:食べる以外の目的があって食事をすることがありますよね。久しぶりに会う友達と食事をする、上司や親と食事をする、そういったときには、自分の知っている範囲の外で店を選ぶ必要が出てきます。
そうしたときにこれまではどうしていたかというと、詳しそうな人に聞いていました。「あいつはあのエリアに詳しい」とか「ちょっといい店の情報はこの人よりあの人に聞いた方がいい」とか。こういった情報は普通に検索をしても出てきませんので、簡単に調べられたらいいなと思ったのです。
解き明かすと今の事業と似ています。利用者が自分のコンテキストの中で必要とする情報と出合える体験を得る、という根本は変わっていないからです。
このときは、事業計画についての思考もいまひとつでしたが、私たち自身がその事業に120%コミットするチームでなかったのも確かです。経験や力量以上にコミットメントが重要なのだと学びました。
起業前は楽天勤務ですね。
倉橋:楽天入社前から起業は決めていました。いつどのようにスタートするかは分かっていませんでしたが、5年目ごろに刺激がないというか、自分自身が緩んできている感じがありました。
このまま頑張っていたら、それなりの立場になって経験も積めるだろうということを考えていたのですが、予測のできない成長をしたいとの思いから、入社前のことを思い出したのです。起業しようと思って楽天に入ってがむしゃらに頑張ったのだから、チャレンジをしなくてはと考え直し、その1年後に辞めました。
楽天在籍中に成長を体験できたことは大きな学びです。ダイレクトに事業の成長を感じましたし、強烈な成長を体験してきた周囲の人から得るもの、感じるものもたくさんありました。今思えば、社員一人ひとりに任せておけば伸びる会社です。現場のコミットメントが異常なくらい高かったからです。
もともと楽天は数字に圧倒的に強い会社だと思いますが、細かいところまで最後までやりきる文化がある。例えば、数字を分解して細かいパラメーターを0.1%でも上げる。その積み重ねが、大きな成長につながっています。楽天ではその0.1%への徹底的なこだわりも学びました。
今は細かい数字の向上にこだわらない
そうした学びを経営に生かせていますか。
倉橋:当社の今のフェーズでは、定量側面ではそこまで細かくやっていません。私たちは、何が価値で、それをどう磨くのか、できる限りそれを大きく捉え実行する、それを繰り返している段階です。
ここでは事業を因数分解した数字の0.1%を上げようとする努力は、取り組むべき課題の選択、優先順位を間違える可能性がある。なので、あえてやっていないのです。ただし、考え抜く、考え続ける、そういった側面では確実に生きています。
経営で心掛けていることを教えてください。
倉橋:遠いところまで行きたい会社である、という自己認識を社員一人ひとりが持つことが重要です。
方角は私が示しますが、その途中に何があってどうやって進んでいくか、何度もイノベーションを起こし、どう壁を突破していくかは、皆が個々に考えられないと難しいと思っています。
ですから、まずは考えることも実行も任せる。それから、私はどのようなことを考えていて、どのような学びを得たかを正直に明らかにする。これらを重視しています。私たちはトップダウンだけでは目標地点まで到達できないのです。
また、方角を示すことについては、1つの事象だけを理由にしないようにしています。私たちはデータとインターネットを活用した事業を展開していますが、世の中の大局がそれだけで決まるわけではありません。
消費者の動向、企業間の競争、データに対する国の考え方、働き方に対する皆の考え方など、不可逆な多様な要素がつながっていますので、よく全体を見回して方角をつかむようにしています。
方角を定めて、そこがぶれなければ、意思決定は間違えないし、急にスピードを変えても問題にならない、と考えています。
長引く新型コロナウイルスの影響を機に「人とのタッチポイントを築き続けられるデジタルチャネルを、単なる販路などではなくて企業活動の前提となる体制として確立してほしい」というプレイド倉橋健太代表取締役CEO(写真:清水真帆呂)
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