国内外の富裕層に“日本文化体験”を提供しているエクスペリサス(東京・渋谷)。著名な仏閣と超一流の能楽や和食をセットにした京都旅行、東京・新宿ゴールデン街を舞台に“参加型演劇”を楽しむツアーなどを提供、好評を得てきた。スタートアップ企業ながら、先進国の数少ない拡大市場である富裕層市場で、プレゼンスを築きつつある。新型コロナウイルス感染症拡大で当面は事業の停滞を余儀なくされるものの、これまで成長してきた過程について丸山智義代表に聞いた。
(聞き手/日経トップリーダー編集 田中 淳一郎 構成/片瀬 京子)
※このインタビューは1月24日に実施したものです
富裕層向けに日本文化を体験できるプランを企画・提供されてきたそうですが、そもそもなぜこうしたビジネスに注目されたのですか。
丸山智義氏(以下、丸山):エクスペリサスを立ち上げる以前に5年以上インターネット事業に関わり、いいプロダクトがあれば、インターネットを通じて世界中の方々に提供できることは実感していました。
一方で、日本でも観光業は基幹産業になり得るという話を聞いたときに、そうは言っても、日本には付加価値の高い体験がとても少ないのではないか、と思ったのです。料理のおいしいレストランや高級なホテルはあります。ですが、“高付加価値な体験”が少ない。
であれば、価値の高い体験を探し出したり、つくり上げたりして、ネットを通じてそれらを届けられれば、素晴らしいビジネスになると思いました。
丸山智義(まるやま・ともよし)
エクスペリサス株式会社代表取締役。1986年、長野県生まれ。上智大学外国語学部卒業、シンガポール国立大学へ留学。長期インターンで投資銀行やベンチャーキャピタルの業務に携わり、2011年にスマートフォンアプリの開発会社、レオモバイルの立ち上げに参画。その後、Webアプリの開発会社、heathrowを設立して、16年9月末に売却し退任。17 年1月にエクスペリサスを設立し、現職(写真:清水真帆呂)
私はシンガポールの大学に留学していました。シンガポールはとても魅力的な国で、金融ビジネスに注力しつつ、観光業にも力を入れていてIR(統合型リゾート)をつくり、人に来てもらって財源を拡大することに成功しています。
ところが、彼らはいつも歴史がないことを嘆いていました。そればかりか「各所にストーリーがある日本が羨ましい」と。
確かに、観光業において歴史はとても重要です。ではなぜ、とてつもない歴史がある日本に高付加価値な体験がないのか。要は、日本では歴史がほとんど活用されていなかったのです。もったいない。これらも当社を立ち上げる前に気づいていたことでした。
“文化の掛け算”で体験価値をぐっと高める
では、高付加価値体験とは何か。
以前、当社の取締役がお寺で能楽や狂言、それから食事を体験したのですが、これがとても素晴らしかったようです。例えば都会の能楽堂で能楽や狂言を見ていると寝てしまうような人でも、歴史的なお寺を能舞台にしてそれを見ると感動する、こういう体験です。
特別な場所に日本の伝統文化を持ち込むことでぐっと価値が上がる。私たちはこれを文化の掛け算と呼んでいます。
実際に、誰もが知るお寺を舞台にして上演する狂言と市民ホールで上演する狂言では、圧倒的に前者のほうが人気があります。その舞台に、かつて歴史に名を残す名人が立っていたというストーリーがあればなおさらです。
日本でなら圧倒的に高い価値のある体験を生み出せることが分かったわけですが、誰もそれをやっていないことも分かりました。なぜかといえば、実はこうしたしつらえというのは非常に難しいからです。
ラグジュアリーな消費の対象は完全にモノからコトへシフトしています。体験の提供はコト商品です。
それに世界の富裕層の数は増えているんです。ということは、富裕層向けにコト商品を提供するビジネスはこれからずっと伸び続ける有望市場なんです。高付加価値の体験を商品化することは簡単ではありませんが、これだけの条件がそろっているのですから、挑戦のしがいがあります。
例えば著名な神社仏閣を体験プランの舞台にするために、どのような交渉をしたのですか。
丸山:お金儲けというより、国内外に日本文化のファンをつくりましょうという話をしました。
高付加価値な体験プランを持続的につくっていくためにはお金を稼ぐ必要があります。ですが、それ以上に文化のファンをつくり、価値をいろいろな方に知っていただくためのプロジェクトなんです、というお話をして2018年に始めました。
ところで、お寺には茶室があることが多いのをご存じですか。
お寺は、仏教の教えを説く場であるのはもちろんですが、茶道はじめ、華道や書道、香道など、さまざまな伝統文化の発信場所でもあるんですよ。ですから、伝統的な文化体験を提供することも、お寺の活動の本流なのです。
100年後には日本の人口が現在より5000万~6000万人も減少するといわれていますが、これは、日本の伝統文化を支える人の数が減っていくということでもあります。
長期的に見れば、インバウンドは再び増えていくでしょう。外国の方々が日本の文化に価値を感じ、リスペクトしてくれれば、伝統文化も続くはずです。
お寺の方々は視野が長期的なので、このような新しい流れをつくりたいと根気よく話し続けることで、徐々に賛同していただけるようになりました。
富裕層が日本文化を支える
私が檀家になっている寺にも、使われていないと思われる茶室があります。
丸山:そうですか。古くからあるお寺にはあると思います。それが使われていないのは、私たち側の問題です。
昔は、月例会などでその茶室を使っていたはずです。お寺が茶器を預かる仕組みもありました。しかし、今はそうしたことが知られていませんし、娯楽や文化を楽しむ手段は多様であり、自宅で無料のネット動画を見て楽しめたりしますので、わざわざお寺に出掛けなくなってしまいました。
場合によっては文化を「再興」する。これも、私たちが富裕層を対象にしている理由です。
かつて文化を守ってきた方は、地位やお金のある人でした。現代でも、そういった方々のほうが、私たちの提案に非常に高い関心を示してくれます。高付加価値な体験をつくろうとすると、相応の謝金など原価がかさみますが、富裕層の方々はこれを負担してくれるわけです。
私たちの事業は、これまで日本の文化を守ってきたお寺や神社、美術館、博物館に対して、内外の「新しい担い手」をつくっていくことでもあるのです。
具体的にはどのような体験を提供しているのですか。
丸山:公にしてはいけないことになっていますので詳しくお話しできず申し訳ないのですが、誰もが知っているお寺で、「ミシュランシェフ」の京料理と、一流の酒蔵とコラボレーションした日本酒を提供し、芸舞妓(げいまいこ)さんに来てもらうという体験プランがあります。
個人で、この体験をしようとしても、その場を使うことは無理ですし、そのほかの体験をアレンジできたとしても3~4日はかかると思います。私たちはこれを1日、あるいは4時間に凝縮して提供する、といったことをしています。
富裕層向けの体験プランは、著名な仏閣などで「ミシュランシェフ」の日本料理を楽しむといった日本の歴史・文化が感じられるものが人気という(イメージ写真:PIXTA)
ほかには、やはりあるお寺を貸し切りにして、その扉を開けた途端に荘厳なコンサートが始まり、使われていなかった賓客だけを通す建物で食事を提供するといった体験プランもあります。お城を借り切ってアートエキシビションを開催するなど多彩です。
私たちは旅行会社のライセンスも持っていますが、実態は、誰もが驚く高付加価値な体験のみをつくり続ける会社なのです。
マネタイズはどのようにするのですか。
丸山:こうした富裕層向けのコンテンツの課題は、まずはつくること自体が難しいので圧倒的に数が少ないこと、それから、それらを束ねておいて何種類も提供する仕組みが存在していないことでした。
私たちは、体験プランを数多くつくり、それらを世界中の富裕層を顧客とする旅行会社やコンシェルジュサービスを提供している会社、あるいは富裕層個人のネットワークに卸して代理販売をしてもらう、B to B to Cのモデルで進めています。
私たちは、富裕層を顧客に持つ世界の企業を地道に開拓していって、89カ国・地域の約2000社とつながっています。
商品の販売については、例えばある百貨店の外商の方々に体験プランを売っていただいたり、プライベートバンクの方々から彼らの顧客にプランを紹介してもらい、興味を持つ人がいれば私たちからプランを販売したりしています。銀行の場合はプランを直接売れないので、紹介を受けるスタイルです。
このビジネスモデルに自信を持ってイエス、と言える理由があります。
旅行業は基本的には手配業です。しかし、従来型のビジネスモデルがICT(情報通信技術)により破綻し始めています。今後この業界で儲かるのは、川上か川下の末端です。
川下の末端を囲っていくのは、誰でも簡単に旅行をアレンジできるグーグルトラベルやブッキング・ドットコム、エアビーアンドビーです。逆に簡単にはアレンジできない川上の末端はどうかというと、ここのプレーヤーはまだまだ少ない。
今後増えてくると考えていますが、私たちは既にそこに参入しているのです。
エクスペリサスは、世界の富裕層向け旅行会社などとのネットワークを築いた。紺色は100社超の提携会社がある国、青は50社超、水色は50社以下の提携会社がある国(図:エクスペリサスのデータを基に編集部で作成)
富裕層の体験のベースも食とお酒
体験プランに定価はあるのですか。
丸山:基本的には“プレパッケージ”に松竹梅のコースがあり、おおよその価格は決まっていますが、そこに必ずお客様から、カスタマイズのご依頼があります。なので価格は変動しますし、4時間の体験で数百万円という体験プランさえあります。
プレパッケージの数はどれぐらいあるのでしょうか。
丸山:プレパッケージは数百あります。ただし今は優れた体験プランだけを販売しています。本当にレベルの高い体験は、年に1回か2回しか提供できないこともありますし、京都ならやはり春と秋をメインに提案させていただいています。
ちなみに富裕層の好む体験の基本は食とお酒ですね。これは世界共通です。
文化の人気ジャンルとしては「アート」と「建築」。アート分野では、コンテンポラリーアート(現代美術)もかなり人気があります。ショービジネスやお酒を飲み歩く“バーホッピング”などいわゆる「ナイトタイムエコノミー」の体験も人気です。あとは「自然」です。体験プランをつくる際は、いずれかが必ず入るように検討しています。
今後の事業展開について教えてください。
丸山:今後は、企業向けの事業にも力を入れていきたいと考えています。
実際に、最近は富裕層のプライベートな体験だけでなく、企業向けに体験を提供するケースも出てきています。例えば企業のエグゼクティブ層が私たちの体験を経験すると、その後に会社の納会や総会、インセンティブツアーや研修にもこうした体験を組み込みたいという方が出てくるんです。
例えば、大企業のグローバル役員のために“マインドフルネス(落ち着いた心の状態)”を獲得する研修を実施したり、海外からのお客様の接待ツールや、高級ブランドのイベントツールとして使っていただいたりしています。
一方で、企業自身が、富裕層をターゲットにした商品を売り出したいのだが、どうすればいいのかという相談も持ち掛けられるようになりました。どの業界も、富裕層向けの商品のプライシングが的確かどうか、富裕層の心に本当に刺さるかどうか、よく分からないといいます。
ちなみに富裕層向けの商品とうたっても、ただ高級なもの、高額なものというだけでは彼らには売れません。富裕層は既にあらゆる高級品に触れ、貴重な体験をしているので非常にシビアです。
新宿ゴールデン街に将軍が現れる
富裕層向けの商品としては、比較対象のない感動できる商品をつくるのが得策。例えば、当社と松竹との取り組みから生まれた商品がそうです。どの企業でも変えられることと変えられないことがあり、松竹との取り組みでも、どこで高い価値を付けられるかが悩みどころでした。
特別な価値として、東京の新宿ゴールデン街での“ディープツアー”を付け加えました。
お客様は幾つかのバーをホッピングしていくのですが、そこに落ち武者や忍者、将軍にふんした役者を潜ませておくのです。役者たちは突然バーのトイレから出てきて、マスターと会話してお客様にお酌をするというような演技をします。もちろん、台本があります。
お客様には、間近でインタラクティブに演劇を楽しみながら、お酒も楽しみ、ゴールデン街を楽しんでいただく。そんな新しい概念をつくりました。ここには江戸時代や昭和の文化がふんだんに盛り込まれています。
ほかに、関西電力のゆっくり走る自動走行モビリティーサービスである「iino(イイノ)」というプロジェクトでも実績があります。大阪城公園の西の丸庭園を活用した“移動型茶室”の運営支援をしました。
竹中工務店とは、東京の九段にある「旧山口萬吉(やまぐち・まんきち)邸」を使ったサロン「kudan house(クダン・ハウス)」で100年前に貴族が楽しんだであろう新年会を再現しました。京都の料亭の方、東京・向島の芸者さん、人間国宝の方、お茶の家元の方にご協力いただきました。
日本の伝統文化を富裕層に伝える役割は、その道の一流の人物に依頼するという。「旧山口萬吉邸」での茶会は家元に任せた(イメージ写真:淺川敏)
松竹には役者や伝統芸能、竹中工務店には建物の設計施工ノウハウを生かした歴史的建造物の活用事業という「資産」があります。
これらを有効活用できれば、企業にとっては新たな事業の伸展になりますし、それを高付加価値な体験プランにしつらえることができれば、富裕層の方々にとって魅力的な商品になります。
こうした企業とのコラボレーションも2019年から増えています。企業の資産は観光や体験の資産になり得るものが多くあり、それらを活用すれば新しい価値を創造できるのです。
大手化粧品会社とは“美容インバウンドツアー”も考えています。
化粧品はどのメーカーも百貨店の1階で販売していますが、それだけでは差異化できません。1日がかりで、ネイル、まつげのエクステンション、エステ、そしてメーキャップするツアーです。これによって、その化粧品ブランドのファンを創造できます。商品も売れます。
今後はこのような体験を通じて商品を売っていくことも手掛けていきます。
海外富裕層向けの情報配信サービス「Japan Vista」も展開していますね。
丸山:今はFIT(海外個人旅行)の時代なので旅行会社を使う人は減っています。旅行者はインスタグラムで気になった場所があればグーグルで検索し、その後、トリップアドバイザーで評価を確認し、実際に出掛けるというような流れが増えています。
ところが富裕層は、お金は持っているけれど時間がないので、旅行プランづくりを家族や秘書に任せます。すると、特に秘書は間違いのないものを用意しなければいけないと考えるので、自分ではアレンジせず、富裕層向けの旅行会社にプランを依頼するのです。
富裕層向け旅行会社の顧客リストに情報を発信できると富裕層に情報が伝わります。そこで、富裕層向け旅行会社に観光やホテルなどの情報を流せるというメリットを皆さんにも活用してもらおうという意図で始めています。
私たちの仕組みではマーケティングデータも取得できます。例えば、欧米の人たちのニーズに刺さると思っていた旅行プランを掲載した電子メールの開封率がインドや中国で高いといった現象が見えてきます。そこを評価いただいて、利用されています。
誰も知らないビジネスモデルを立ち上げる苦悩
創業時に苦心されたことがあれば教えてください。
丸山:創業時の苦労といえば、やはり信頼のなさでした。どんなに良い体験プランをつくっても、私たちに信頼がないと売れません。
もしも私が上場企業の会長なら、肩書で売れるかもしれません。ですが、ぽっと出の若造がどんなに素晴らしいものをつくっても、信頼してもらえない限り売れないのです。ベンチャーで、目に見えないアセットである体験を高額で売るのはかなりハードルが高いと実感しました。
だからこそ、実績をつくり、自分たちだけでPRするのではなく周りからも紹介されるようになることで信頼性を高めていくしかありません。
当社を設立する前に立ち上げた2社はIT企業でしたので、そこは比較的早かったのですが、今回はそもそもビジネスモデルが知られていませんし、表に出せない事案も多いので、認知してもらうことさえ難しく、信頼もなかなか得られませんでした。
この仕事は、人とのつながりを大切にして地道にコンテンツをつくっていくという非常に泥臭いものです。しかし、この泥臭さの先にしか高い価値はないと思っています。
今後のビジョンを教えてください。
丸山:日本でナンバーワンの高付加価値体験コンテンツのサービスプロバイダーを目指しています。だからこそ、今後もそこにしかない資産を持つ組織とのコラボレーションを拡大し、独自性をますます高めていきます。
「とてつもない歴史のある日本でなら、圧倒的に高い価値のある富裕層向けの体験を生み出せますが、それをしつらえるのは非常に難しい。挑戦のしがいがあります」と語る丸山氏(写真:清水真帆呂)
この記事はシリーズ「トップリーダーかく語りき」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?