井上:孫さんも鎌利さんも会っていて、心地よく感じる人だよね。会うと何となく、今日はいいことありそうな気がしてくるっていうかさ。

 そこは、孫さんのプレゼンにすごく通じるところで、孫さんは決算発表も、記者会見もすごく楽しい。去年秋、“ウィーワーク・ショック”で、大赤字を出したときも、開口一番、「今回の決算の発表内容、ぼろぼろでございます。真っ赤っかの大赤字でございまして」と切り出して、会場の笑いを誘った。そこから「反省もするが、萎縮はしない」に至る流れは、圧巻ですよ。

動画ですべて公開されていますよね。ご興味がある方はぜひ、ご覧ください。

井上:あの場にいる記者たちは心の中で拍手喝采を送っている。後でどう報道するかは別としてね。

その空気感は、動画からも伝わってきますよね。動画の59~60分前後にかけて、孫社長が「大勢に異常なし」と言い切った後、特定の記者を指して「笑っていますね」と指摘して笑い、「まあ、言いよう(言い方)によりますな、と。孫はよう言うわ、ということだと思いますが」とつぶやく。あのあたりは見ものでした。

鎌利:なんだかんだいっても、あれをやって許してくれる株主を擁している、というところがすごいんでしょうね。

 メディアの人などから見れば、今の孫さんは危ういのかもしれないけれど、僕の視点からはまだまだ余裕なんです。「孫さん、ますます若いな」という感じで。自分もそんなに年を取った気はしていないけれど、孫さんはそれ以上に若返っているぞ、と。

プレゼンも茶道も「一座建立」

井上:まだまだ失敗してやるからな、といったね。まだまだ攻めてチャレンジして、これから失敗してまだまだ学ぶんだ、という若さ。

鎌利:毀誉褒貶あれど、孫さんのプレゼンは、わくわくできるんです。声を大きく張り上げたり、抑揚をすごくつけたりすることはない。短い言葉を淡々としっかり重ねるだけなんだけど、最後はみんなが熱くみなぎるものを感じるから、わくわくするんですね。

井上:恒例の決算説明会も、今でこそ質疑応答になると、大勢の記者がわっと挙手するけれど、最初のころは、あまり質問する人がいなかった。そうしたらあるとき、孫さんが「僕が当てるよ」と言い出して、指名し始めて、みんながびっくりした。「ねえねえ、僕の言うこと、聞いてる?」「聞いているなら、質問してよ!」という感じ。せっかく同じ空間にいるんだから、楽しくしようよ、ということなんだよね。

鎌利:まさに「一座建立(いちざこんりゅう)」。

「一座建立」とは?

鎌利:茶道の言葉で、主客に一体感が生じることをいいます。もてなす亭主と、客が一体化することで、充実した茶会になる。もうひとつ茶道の大事な言葉に、「一期一会」があって、ほぼ同義です。一期は、一生。一会はただ一度の出会い。この先また、どこかの茶席で、同じ人々が会することがあったとしても、今日の茶会はただ一度限りであるから、亭主も客も思いやりをもって取り組む。その気持ちがあれば、茶道は楽しい。だからまずは一服、楽しんで飲もう。そんな意味です。

井上:その言葉に、鎌利さんは、孫さんのプレゼンに通じるものを感じる。

鎌利:そうです。オレが一方的に話すんじゃない。みんなと一緒に、ただ一度限りのこの場をよりいいものにしたいんだ。その思いが、プレゼンからすごく伝わる。

 僕の研修や講義は、最初に「一座建立」と書いて、説明してからスタートします。そうすると、何か、いい空気、いい空間ができる。逆にいえば、双方にその思いがないと、いい空間にはならないんです。

井上:プレゼンは、テクニックだけではない。一座建立。同じときを共有する場をみんなで楽しくすること。鎌利さんが、孫さんから得たプレゼンの学びとは、そういうことなんですね。

鎌利:はい。

次回は、鎌利さんのユニークなキャリアの足跡。ちょっと変わった生い立ちから生まれた両親への思い、社会への思い。その思いが、2度の震災と東京五輪決定でどう昇華されていったのか。新型コロナも、これから多くのビジネスパーソンに、人生とキャリアの転機をもたらすことでしょう。それは決して悪いことではないと思わせてくれる内容です。

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2019年度中間決算説明会で大赤字を発表した際にほえた、
「反省もするが、萎縮はしない」をはじめ、36編を収録。

日英両語で発信。両語を突き合わせて読める体裁に。
孫氏が米国メディアで答えたインタビューなどから、
孫氏らしい英語、シンプルで力強い日本人の英語の再現を目指した。

表紙揮毫(きごう)は、今回のインタビューに登場の書家・前田鎌利(ソフトバンクアカデミア第1期生)さんです。

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