新型コロナで、瞬く間に失われた「リアルな空間を他者と共有する時間」。
こんなときだからこそ見直したいプレゼンテーションの本質を、書家の前田鎌利さんと考える。
鎌利さんは、ソフトバンクに在籍した時代からプレゼンの名手として知られ、今は「プレゼンテーションクリエイター」としても活動する。『プレゼン資料のデザイン図鑑』(ダイヤモンド社)などの著書は、シリーズ累計26万部を突破。そんな鎌利さんの“元上司”である、ソフトバンクグループ・孫正義社長の「プレゼンテーション動画」を分析し、茶道の「一座建立(いちざこんりゅう)」の精神を見いだす
インタビュアーは、作家の井上篤夫さん。インタビューが行われたのは、外出自粛の呼びかけが始まる前。ネット検索では答えが出ない課題に立ち向かうとき、どこに情報を求めるべきか。そんなことも語り合った。
井上さんの近著『孫正義 事業家の精神』刊行を記念した対談企画。
井上篤夫(以下、井上):鎌利さんといえば、いまやプレゼンテーションの第一人者だよね。
今日は、鎌利さんがプレゼンの名手になるまでの道筋と、孫正義さんとの出会い、そして「鎌利流」のプレゼンの真骨頂に迫りたい。
書家としても活躍する前田鎌利さんは、ソフトバンク在籍時代、ソフトバンクグループの孫正義社長へのプレゼンで「一発OK」を連発したことで知られます。昨年刊行の『プレゼン資料のデザイン図鑑』(ダイヤモンド社)は「ITエンジニア本大賞2020」に選ばれ、シリーズ累計26万部突破しました。
前田鎌利(以下、鎌利):でも、井上先生は1冊(『志高く』=実業之日本社=)で、50万部突破ですから(笑)。
井上:鎌利さん、「先生」なんて堅苦しいことは言わず、今日は「さん」付けで、お願いします。孫さんのことも、親しみと敬意を込めて、あえて孫さんと呼びたい。
インタビューする相手の呼び方って、難しくて、昔、谷川俊太郎さんに怒られたことがある。「谷川さん」と話していたら、「なぜ、私を呼び捨てにしないのか」といったことを、おっしゃる。どうしてかというと、自分はもう随分と長く詩人として頑張ってきた。だから、芸術家らしく「谷川俊太郎」と、呼び捨てにしてほしい、ということだったんだよね。
今日はもしかしたら、何かの拍子に、孫さんのことを「孫正義」と呼ぶかもしれないけれど、それは歴史上の人物みたいに思っているときなんだよね。孫さんも今は大変なのかもしれないけれど、後になって振り返れば、逆境のときほど「らしさ」が出る。
そこで本題だけど、まず鎌利さんと孫さんの出会いについて。
井上篤夫さん(左)が手にしているのは、前田鎌利さん(右)の著書『プレゼン資料のデザイン図鑑』。手前に見える井上さんの著書『孫正義 事業家の精神』の表紙には、鎌利さんが揮毫を寄せている(写真:菊池一郎)
鎌利:僕は福井県出身で、大学は東京だったんですが、卒業したら福井に戻って、書道の先生になりたいと考えていました。が、大学時代に思うところあって、通信業界に入ります。
井上:その話も面白いんだけど、次回、後編に取っておこう。
鎌利:最初は光通信で携帯電話の「販売」を勉強し、それから「インフラ」を深めたくなって、ジェイフォンに転職します。転職は後にも先にもそれ1回なのですが、ジェイフォンが英ボーダフォンに買われ、それがソフトバンクに買われて、ソフトバンクモバイル(現ソフトバンク)の社員になりました。
買収された当時、僕はボーダフォンの渉外部門にいて、総務省の意見募集(パブリックコメント)において、事業者としてのコメントを策定する仕事をしていました。その流れでソフトバンク傘下に入った後、孫さんと一緒に仕事をする機会を得ました。
通信業界は、先行する企業が巨大なので、後発の我々(かつてのボーダフォンやソフトバンク)としては、どうしても国の制度を変えていただかないと、不利益になります。その不利益をどう訴え、どう解消していくかが大きな課題で、どんな意見書を総務省に出すか、公聴会で経営トップにどんなお話をしていただくかを議論する中で、接点ができました。
井上:そのときの孫正義の第一印象は?
鎌利:もちろん、孫さんの存在はずっと以前から知っています。それまでは、DSL(電話回線を使ったインターネット接続)の世界、デジタル回線の世界でバリバリ戦ってきた孫正義が、とうとうモバイルの世界、移動体通信事業に乗り込んできたぞ、と。
移動体通信事業のことは、恐らくゼロベースから学ばれていたと思うのですが、仕事で接して驚いたのは、キャッチアップがものすごく早い。頭がいいと言ってしまえばそれまでですが、こちらが積み上げてきた専門知識など一瞬にして吹き飛ばされるくらい、ものすごいスピードで学ばれて、ご自身の言葉に置き換える。これは、ただ者ではないな、と。
質問する相手は、超一流と決めている
井上:なるほど、「ただ者ではない」と。
鎌利:ずっとメディアを通じて拝見してきた孫さんを、お仕事で目の当たりにするとまあ、しびれる、というのでしょうか。
井上:ある種のオーラ?
鎌利:そうですね。雰囲気は柔らかいんですが、こちらが生半可なことでは通じない。いいかげんな受け答えなどしたら、一発で分かっちゃうだろうな、という。穏やかな空気の中に流れる、仕事に対する厳しさを見せていただきました。
井上さんの本にありましたよね。孫さんは「疑問をぶつける相手は『超一流』と決めている。自分自身が超一流になる前から、そうしてきた」と。あの一節は印象的で、すごく孫さんらしい。原発の事故のときもそうでしたが、専門的な知識のない分野について、第一線の研究者の方を呼んでじかに話を聞く。
何かしら解決したいことがある、答えを求めたいことがある、というときに、やっぱり、テクノロジーに対するとてつもない興味が湧き出すのですね。そこを切り口に瞬く間に自分の考えを、自分の中で整理されていく。
井上さんの著作から、気になった言葉や好きな言葉を選びながら話す鎌利さん(写真:菊池一郎)
例えば、どんなことがありましたか。
鎌利:それが、あんまり具体的なことを口にするのは、今でも差し障りがあるんです(笑)。
例えば、電波法とか通信法のこと。ああいった事業法の細かいことなんて、経営者の方は知らないのが普通ですが、ちょっと話すと「これは、こういうことだろ」と返されて、それが本質を突いている。本来なら、150年くらいある電話の歴史の中で、電気通信事業法がなぜできたのか、どういうプロセスを経てできたのか、どんな経緯でこんな条文になっているのか、といったことを理解しないと、言えないような内容なんです。そこを押さえた上で、「こうしないと、世の中は良くならないよね」とくる。
つまり、今主張したいことのために、過去の流れのすべてから必要な要素を短時間に抽出する。
鎌利:そうですね。かなり速いスピードで。
つまり、まずユーザーがいる。ユーザーが大事。だから、ユーザーのために何をするか。無線と基地局について勉強しなければならない。だが、そこに膨大な時間を悠長に割いている暇はない。そこでどうショートカットするかというと、先ほどの「一流に聞く」だったりするのかもしれません。
井上:孫さんはやっぱり、若いときに猛勉強しているから。米国西海岸で過ごした高校、大学時代から、勉強の鬼、勉強の虫だったから。
ネット検索で答えを探さない
鎌利:何かしら答えを求めたい、意思決定をしなくてはいけない、というときに、「誰に意見を求める」かは、すごく重要です。その「誰に」で、孫さんは妥協しない。絶対に「一流の人に」聞くんだ、というすごみですよね。
一流の人とコンタクトがとれるのはもちろんすごいですが、そこに「こだわる」というのが、本当にすごいと思うんです。
今はインターネットで検索したら、何でも、答えらしきものは見つけられます。でも、「どこからでもいい」「誰からでもいい」ではなくて、1次情報にこだわる。それも「どこの1次情報に当たるか」にこだわるというのは、なかなかできることではない。自戒を込めて、もっと曖昧に、ファジーに、もっとさらっと決めることもできる。でも、そうしない。
そこにこだわれるのは「自分でやる以上は」と、腹をくくっているからだと思うんです。
孫さんが一流の人に聞いて、一流の人が教えてくれたままにやっているかというと、それも違って、結局、その一流の人の答えすら参考にすぎず、最後に決めるのは自分自身でしかない。だからこそ、どの情報を取りにいくのかにこだわる、というのは、孫さんらしい。孫さんならではの愚直さです。
井上:そう、愚直。英語のときの定番のせりふが「I still don't understand」。
井上さんは、30年以上にわたって孫社長を取材してきた(写真:菊池一郎)
井上:鎌利さんが、孫さんの前で初めてプレゼンしたのは、いつですか。
鎌利:社員として、経営会議でプレゼンしたこともありますが、当時でも何万という社員がいる会社でしたからね。誰が誰だとか、分かっていなかったと思います。「これが前田なんだな」という認識で聞いてもらったことというと、「ソフトバンクアカデミア」でのプレゼンでしょう。
孫正義氏が、自らの後継者を育てるために立ち上げたのが「ソフトバンクアカデミア」。鎌利さんは、2010年に選考された1期生で、初年度第1位を獲得しています。アカデミアでは、さまざまなテーマでプレゼンを競うのですよね。
井上:初めて孫さんの前でしたプレゼンの内容、覚えていますか。
鎌利:それはもう、鮮明に。ただ、その内容を外部で詳しく話すのは禁止なんです。
ざっくりいうと、ソフトバンクにおける困難な状況をいかに打開していくのか、といったお題です。要するに「自分が経営者ならどうするのか」「自分が孫正義だったらどうするのか」という問いに対して、「僕ならこうする!」と答える、といった構図です。
井上:そこで鎌利さんは、高い評価を勝ち取っていった。どんなことを気を付けていましたか。
鎌利:とにかく5分しかない。だから、5分の中でより多くの方に理解してもらえるものにする、賛同いただけるものにする。
孫さんに「OK」を出していただくだけでは駄目なんです。アカデミアの採点は複数の人たちでします。孫さんが株主総会で何かを伝えようとするときも、誰か1人の理解を得ることだけを考えていたら、全員にはなかなか伝わらないですから。
だから、専門的な話でも、できるだけシンプルに分かりやすく。孫さんも、子どもでも分かるような例えを、よく使われますよね。そこはすごく意識していて、「僕はこれがやりたい」ということを、できるだけシンプルに、シンプルに。
井上:それがやがて評判になり、ソフトバンク社内の研修プログラムになり、本にもなった、というわけだ。前田さんがすごいと、僕が思うのは、プレゼンのメソッドを確立しているところなんだよね。例えば「社内プレゼンのパターンは1つ」と、本に書いてあるでしょ。
1)課題:どんな課題があるのか
2)原因:その課題が生まれる原因は何か
3)解決策:その原因を解消する具体的な提案
4)効果:提案内容を実施した場合の効果予測
このフレームワークは、すごく良くて、プレゼンなんてまったくしない僕にも、何かにつけて参考になる。思考全般の枠組みとして優れている。僕は、この4ステップを紙に書き出して、仕事場の机の前に貼っているんです。
鎌利:本当ですか(笑)。
最強のプレゼンテクニックは笑顔
井上:もう1つ、前田さんの本で、すごいと思ったフレーズがあって、それが「一番のテクニックは、『笑顔』」。
こういう境地に達するまでにはやっぱり、いろいろな葛藤というか、トライ・アンド・エラーがあったわけでしょ。
鎌利:いや、それはもうおっしゃる通りで。
もちろん、いろいろトライするわけですが、人前で話す場にはいろいろあって、アカデミアでのプレゼンもあれば、一般の方向けの講演もあって、聞いていただく方は、その時々でまちまちです。だから、コレをやれば絶対にハマるというものはなくて、オーディエンスの方に合わせて、一回一回、アレンジしないと伝わらないことが多い。
けれど、普遍的なことももちろんあって、その一番が笑顔。どなたとお話ししても、どんなシチュエーションでお話ししても、笑顔が出せれば、快い形で迎えていただける。これは恐らく、孫さんからそれとなくにじみ出ていたものを頂いたのだと、今になって気づくのです。
井上:孫さんも鎌利さんも会っていて、心地よく感じる人だよね。会うと何となく、今日はいいことありそうな気がしてくるっていうかさ。
そこは、孫さんのプレゼンにすごく通じるところで、孫さんは決算発表も、記者会見もすごく楽しい。去年秋、“ウィーワーク・ショック”で、大赤字を出したときも、開口一番、「今回の決算の発表内容、ぼろぼろでございます。真っ赤っかの大赤字でございまして」と切り出して、会場の笑いを誘った。そこから「反省もするが、萎縮はしない」に至る流れは、圧巻ですよ。
動画ですべて公開されていますよね。ご興味がある方はぜひ、ご覧ください。
井上:あの場にいる記者たちは心の中で拍手喝采を送っている。後でどう報道するかは別としてね。
その空気感は、動画からも伝わってきますよね。動画の59~60分前後にかけて、孫社長が「大勢に異常なし」と言い切った後、特定の記者を指して「笑っていますね」と指摘して笑い、「まあ、言いよう(言い方)によりますな、と。孫はよう言うわ、ということだと思いますが」とつぶやく。あのあたりは見ものでした。
鎌利:なんだかんだいっても、あれをやって許してくれる株主を擁している、というところがすごいんでしょうね。
メディアの人などから見れば、今の孫さんは危ういのかもしれないけれど、僕の視点からはまだまだ余裕なんです。「孫さん、ますます若いな」という感じで。自分もそんなに年を取った気はしていないけれど、孫さんはそれ以上に若返っているぞ、と。
プレゼンも茶道も「一座建立」
井上:まだまだ失敗してやるからな、といったね。まだまだ攻めてチャレンジして、これから失敗してまだまだ学ぶんだ、という若さ。
鎌利:毀誉褒貶あれど、孫さんのプレゼンは、わくわくできるんです。声を大きく張り上げたり、抑揚をすごくつけたりすることはない。短い言葉を淡々としっかり重ねるだけなんだけど、最後はみんなが熱くみなぎるものを感じるから、わくわくするんですね。
井上:恒例の決算説明会も、今でこそ質疑応答になると、大勢の記者がわっと挙手するけれど、最初のころは、あまり質問する人がいなかった。そうしたらあるとき、孫さんが「僕が当てるよ」と言い出して、指名し始めて、みんながびっくりした。「ねえねえ、僕の言うこと、聞いてる?」「聞いているなら、質問してよ!」という感じ。せっかく同じ空間にいるんだから、楽しくしようよ、ということなんだよね。
鎌利:まさに「一座建立(いちざこんりゅう)」。
「一座建立」とは?
鎌利:茶道の言葉で、主客に一体感が生じることをいいます。もてなす亭主と、客が一体化することで、充実した茶会になる。もうひとつ茶道の大事な言葉に、「一期一会」があって、ほぼ同義です。一期は、一生。一会はただ一度の出会い。この先また、どこかの茶席で、同じ人々が会することがあったとしても、今日の茶会はただ一度限りであるから、亭主も客も思いやりをもって取り組む。その気持ちがあれば、茶道は楽しい。だからまずは一服、楽しんで飲もう。そんな意味です。
井上:その言葉に、鎌利さんは、孫さんのプレゼンに通じるものを感じる。
鎌利:そうです。オレが一方的に話すんじゃない。みんなと一緒に、ただ一度限りのこの場をよりいいものにしたいんだ。その思いが、プレゼンからすごく伝わる。
僕の研修や講義は、最初に「一座建立」と書いて、説明してからスタートします。そうすると、何か、いい空気、いい空間ができる。逆にいえば、双方にその思いがないと、いい空間にはならないんです。
井上:プレゼンは、テクニックだけではない。一座建立。同じときを共有する場をみんなで楽しくすること。鎌利さんが、孫さんから得たプレゼンの学びとは、そういうことなんですね。
鎌利:はい。
次回は、鎌利さんのユニークなキャリアの足跡。ちょっと変わった生い立ちから生まれた両親への思い、社会への思い。その思いが、2度の震災と東京五輪決定でどう昇華されていったのか。新型コロナも、これから多くのビジネスパーソンに、人生とキャリアの転機をもたらすことでしょう。それは決して悪いことではないと思わせてくれる内容です。
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『志高く 孫正義正伝』を著した、作家・井上篤夫が
30年以上にわたる取材で知った、
事業家・孫正義の魂の発露たる言葉と行動を記す。
2019年度中間決算説明会で大赤字を発表した際にほえた、
「反省もするが、萎縮はしない」をはじめ、36編を収録。
日英両語で発信。両語を突き合わせて読める体裁に。
孫氏が米国メディアで答えたインタビューなどから、
孫氏らしい英語、シンプルで力強い日本人の英語の再現を目指した。
表紙揮毫(きごう)は、今回のインタビューに登場の書家・前田鎌利(ソフトバンクアカデミア第1期生)さんです。
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