鎌利:僕は福井県出身で、大学は東京だったんですが、卒業したら福井に戻って、書道の先生になりたいと考えていました。が、大学時代に思うところあって、通信業界に入ります。

井上:その話も面白いんだけど、次回、後編に取っておこう。

鎌利:最初は光通信で携帯電話の「販売」を勉強し、それから「インフラ」を深めたくなって、ジェイフォンに転職します。転職は後にも先にもそれ1回なのですが、ジェイフォンが英ボーダフォンに買われ、それがソフトバンクに買われて、ソフトバンクモバイル(現ソフトバンク)の社員になりました。

 買収された当時、僕はボーダフォンの渉外部門にいて、総務省の意見募集(パブリックコメント)において、事業者としてのコメントを策定する仕事をしていました。その流れでソフトバンク傘下に入った後、孫さんと一緒に仕事をする機会を得ました。

 通信業界は、先行する企業が巨大なので、後発の我々(かつてのボーダフォンやソフトバンク)としては、どうしても国の制度を変えていただかないと、不利益になります。その不利益をどう訴え、どう解消していくかが大きな課題で、どんな意見書を総務省に出すか、公聴会で経営トップにどんなお話をしていただくかを議論する中で、接点ができました。

井上:そのときの孫正義の第一印象は?

鎌利:もちろん、孫さんの存在はずっと以前から知っています。それまでは、DSL(電話回線を使ったインターネット接続)の世界、デジタル回線の世界でバリバリ戦ってきた孫正義が、とうとうモバイルの世界、移動体通信事業に乗り込んできたぞ、と。

 移動体通信事業のことは、恐らくゼロベースから学ばれていたと思うのですが、仕事で接して驚いたのは、キャッチアップがものすごく早い。頭がいいと言ってしまえばそれまでですが、こちらが積み上げてきた専門知識など一瞬にして吹き飛ばされるくらい、ものすごいスピードで学ばれて、ご自身の言葉に置き換える。これは、ただ者ではないな、と。

質問する相手は、超一流と決めている

井上:なるほど、「ただ者ではない」と。

鎌利:ずっとメディアを通じて拝見してきた孫さんを、お仕事で目の当たりにするとまあ、しびれる、というのでしょうか。

井上:ある種のオーラ?

鎌利:そうですね。雰囲気は柔らかいんですが、こちらが生半可なことでは通じない。いいかげんな受け答えなどしたら、一発で分かっちゃうだろうな、という。穏やかな空気の中に流れる、仕事に対する厳しさを見せていただきました。

 井上さんの本にありましたよね。孫さんは「疑問をぶつける相手は『超一流』と決めている。自分自身が超一流になる前から、そうしてきた」と。あの一節は印象的で、すごく孫さんらしい。原発の事故のときもそうでしたが、専門的な知識のない分野について、第一線の研究者の方を呼んでじかに話を聞く。

 何かしら解決したいことがある、答えを求めたいことがある、というときに、やっぱり、テクノロジーに対するとてつもない興味が湧き出すのですね。そこを切り口に瞬く間に自分の考えを、自分の中で整理されていく。

井上さんの著作から、気になった言葉や好きな言葉を選びながら話す鎌利さん(写真:菊池一郎)
井上さんの著作から、気になった言葉や好きな言葉を選びながら話す鎌利さん(写真:菊池一郎)

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