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羊一:そう、言うことが変わらない。それで思い出したことがあって、ネットで若いときの孫さんの講演CDを見つけて聞いたことがあるんです。肝炎で入院して復帰した後、80年代半ば、孫さんは20代後半。このCDが実に「気持ち悪い」のです。

 何が気持ち悪いかというと、孫さんの声は、今と比べて、明らかに若い。けれど、言っていることが今とまったく変わらない。「脳がちぎれるほど考えろ」とか「ナンバーワンへのこだわり」だとか。

井上:そうそう。僕が初めて取材した87年のインタビューで言っていたことも、今とまったく変わらない。軸がブレない人なんだと思う。一見、ブレているようにも思える。次々に新しいことをやる人だから。

羊一:そうなんですよ。僕がさらに「気持ち悪い」と思ったのは、今とまったく同じことを言っているのに、当時の孫さんの事業が「パソコンソフトの卸売り」だっていうことなんです。年は若いけど、言っていることは同じ。同じことを言っているけど、業種は全然、違っている。これは何なんだと、背筋が凍るくらいの思いでした。

井上:そこで背筋が凍るのは、羊一さんの感受性だよね。孫さんは、いろんなことをやるけれど、本質的にはブレていなくて、根幹にあるのは「技術への信頼」、そして「死生観」なんだと思う。若いときから、コンピュータが人間の脳を超える日を見ていて、なおかつ、そこに明るい未来を描いていた。

 そしてもう一つ、根っこにあるのは、20代で肝臓を患い、生死の境を歩いた体験なんだと思う。「死を考えろ」と、口で言う人は多いけど、本当に自分が死ぬかもしれない状況に立って、「幸せとは何か」を考え抜いた経営者は、決して多くない。20代にして死に直面し、悔いなく生きよう、死ぬときに「痛快な人生だった」と思えるように生きよう、と考えた。それがあっての経営理念、「情報革命で人々を幸せに」なんだよね。本にも書いたけれど、あの病気のときに「究極の自己満足は人々の笑顔」という考えに行き着いている。

究極の自己満足は人々の笑顔

羊一:あれは目からうろこでした。利己的であることと利他的であることを両立できるイメージって、僕の中にはあって、近著(『やりたいことなんて、なくていい。』)にも一生懸命、書いたのですが、どう表現しても、ほかの人に伝えるのがなかなか難しいんです。けれど、この本で孫さんの『究極の自己満足は人々の笑顔』というフレーズに触れて、「そうだ! 一言で言えば、こういうことだよね!」と。

対談を追えた直後、伊藤羊一氏がアップしたFacebookの投稿。「泣くところから始まる対談です。前代未聞だわ」と記した

井上:孫さんの根っこを語る上で、欠かせないのはアメリカ、カリフォルニアでの体験だと思う。孫さんの言葉で、僕がすごく好きなのが、「いいね、いいね、わくわくする」。一緒にラスベガスでCOMDEX(コムデックス/当時、世界最大級のコンピュータ見本市だった)の会場を回ったとき、「いいね、いいね」「武者震いする」と、興奮していた。

羊一:それで思い出すのが、コンピュータチップの写真を見て涙した青年時代のエピソードです。やはりアメリカにいたときですよね。その根底にあるのは……。

井上:感動、だよね。羊一さんはよく知っていると思うけれど、孫さんはよく泣く。グワーッとたまったエネルギーがあるとき爆発するように。

羊一:そういうところが、いいんですよねえ。

井上:泣いたり、怒ったり。だから「やりたいことがあるから、怒っているんです」となる。