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そうやって「孫正義の誘い」を断り、それから「離れた」というわけですか。

羊一:そうですね。それから、もう7、8年になりますが、去年の年末、井上さんが出したこの本(『孫正義 事業家の精神』)を読み、久しぶりにその言葉に触れて、自分で思っている以上に「孫正義」が、自分に染みついていたことを思い知らされました。無意識のうちに染みこんでいた。

「経営者は1、従業員は300」を読んで、びっくりしました。「俺と同じことを言ってる!」と。

 よくプレゼンの研修で言うんですよ。

「いいか、みんな。プレゼンの前には当然、練習しているでしょ。何回くらいやっている?」
「1回とか2回、3回で、『やっている』とか、言っているんじゃない? 10回くらいで、喜んでいるんじゃない?」
「いいか、俺が最初に孫さんにプレゼンしたときは、300回、練習したんだよ」

 本にあったあの話と同じですよね。孫さんが、弟の泰蔵さんを叱りつけるくだりと。数字まで一緒ですよ。1と300というね。

 つまり、自分のオリジナルだと思っていたけれど、実は孫正義が出典だったのか、と。衝撃です。今まで意識していなかったけれど、どうやら、俺のこのあたり(おなかのあたりを指す)には「孫正義」が住み着いていたらしい、と。

井上:でも、そういう言い換えは、羊一さんの行動力だと思うんだよね。「1分で話せ」とか「0秒で動け」とか、これまでに吸収してきたことの中から、ああいった名フレーズを生み出すのが、羊一さんのすごさで、それは一種の行動力なんだと思う。

 それは孫さんも、心地よかったんだと思うんだよね。羊一さんのプレゼンを聞いていて。自分の存在を、名フレーズに転換していく羊一さんを見ることが。羊一さんも心地よかったんじゃないかな。

羊一:そうですかねえ……。

井上:心地よくなければ、孫さんの前で5分も話せないよ。

共感はするけど、俺は俺

羊一:そこをちょっと掘り下げると「心地いい」んだけど、「心地悪い」んです。

 井上さんがこの本に書かれた「狂え」とか「まだまだ何も成し得ていない」とか、それでも「志はある」とか、孫さんにすごく共感するところはたくさんあって、そこは心地いい。だから、孫さんと同じことをいつの間にか言っている。

 ただ一方で、人にはそれぞれに道、ウェイ(way)がある。この人には「このウェイ」があり、あの人には「あのウェイ」がある。

井上:「ウェイウェイ」だね。羊一さんの会社の名前。

羊一:そうなんですよ(笑)。

 でも、2011年当時の僕は、「自分のウェイって何だろう」というのがよく分からなくて、孫さんみたいに起業して事業家にならなきゃいけないのかな、と悩んだりしていた。「孫さんのウェイ」と「自分のウェイ」の違いが、自分の中でやっと明確になってきたのは、ここ最近のことなんです。そういうタイミングで今、この本を読むと……。孫さんに初めて触れたあのころの自分が戻ってきた感覚があって……、泣けてくる。ヤバい。個人的にこの本はヤバい。

対談中、井上篤夫氏の著書の感想を尋ねられた伊藤羊一氏。孫正義社長との出会いにまつわるさまざまな思いが交錯し、涙ぐむ(写真:菊池一郎)