働く女性の普段着を貸し出す、月額制ファッションレンタルサービスのairCloset(以下、エアークローゼット)。起業のアイデアを見つけ、顧客に熱狂的に受け入れられるサービスに育てるにはどうしたらよいのかを、エアークローゼットの天沼聰社長と、書籍『起業の科学 スタートアップサイエンス』の著者である田所雅之氏が話し合った。人生の転機、働く女性の情報ギャップなど、いくつもの変化を捉えたことが同社のアイデアのヒントになったことが見えてきた。
田所:今日は登録ユーザーが15万人(2018年2月当時、19年5月現在は25万人)という、ファッションレンタルサービスを展開するエアークローゼットの天沼聰社長とお話をしながら、起業に結び付くアイデアの生み出し方、顧客ニーズのつかまえ方などを考えていこうと思います。
田所雅之(たどころ・まさゆき)
スタートアップ支援のユニコーンファーム社長。日米でスタートアップを起業した経験を持つ。ウェブマーケティング会社ベーシックのCSO(最高戦略責任者)も務める。主な著書に『起業の科学 スタートアップサイエンス』(写真=菊池一郎、以下同)
天沼:こんばんは。エアークローゼットの天沼です。私は、ファッションレンタルサービスを運営しているんですが、それまで私のバックグラウンドにファッションの要素はまるでなかった。
海外で大学を出てから、帰国後はIT戦略系のコンサルファームに入って、10年ほどコンサルタントをやっていて。普通は10年も働くと起業なんて考えなくなるんですが、私はその間もずっと起業をしようと考え続けていました。
プロジェクトマネジメントやマネジメントのスキルを身に付けるということをかなり意識してコンサルティングをしていました。
その後、三木谷浩史社長の組織づくりを身近で見てみたいと思って、楽天に転職しました。
起業をしたのは、その後です。ですから、ファッションの専門家というより、IT、戦略、仕組み化のプロとしてキャリアを積んできたのです。
天沼聰(あまぬま・さとし)
2002年に英ロンドン大学卒業後、アビームコンサルティング、楽天を経て、14年にノイエジーク(現エアークローゼット)を創業。15年2月に月額制ファッションレンタルサービス「airCloset(エアークローゼット)」を立ち上げた
スタートアップに最も大事なのは、解決すべき課題を見つけることです。最初に、思い付いたアイデアが本物といえるのかどうか、そこをどう確かめるのかを考えていきましょう。本題に進む前に、天沼さんのビジネスをもう少し具体的に紹介してください。
天沼:「ファッションレンタル」と聞くと、ウエディングドレスのような貸衣装を想像する人が多いように思いますが、我々の狙いはそこではありません。エアークローゼットは日本で初めて、女性の普段着を対象にしたレンタルサービスを2015年2月に始めました。オンラインで利用していただく月額制のサービスです。
特徴は、お客様が「この洋服を借りたい」とレンタルする服を選ぶのではなくて、私たちのスタイリストがお客様のライフスタイルや利用シーンに応じて、お客様に合う洋服をお届けするというサービスになっていることです。
ご利用いただくうち、我々のもとには、お客様の「カルテ」のようなものが出来上がっていきます。そのカルテをスタイリストが見て、お客様に合わせてコーディネートした3着を収めたボックス(または専用の袋)をお届けします。それを楽しんでいただいて、気に入った服はそのまま買い取りもできる。それで、ボックスを返却いただくと、数日後、別のボックスをお届けするといった流れでサービスを運営しています。
田所:サービスを展開する中で、何を大事にしているのですか。
天沼:今は、消費者全体を対象にしたマス向けのサービスから、一人一人の個人に向けたサービスに転換する流れがあります。ですから、いかに一人一人に合わせたサービスを提供するかに注力しています。つまり、それぞれの方の個性や利用シーンに合ったファッションに出合っていただくということです。
仕事や育児に忙しい女性は、なかなか新しい洋服やコーディネートに出合うことが少ないのではないかと思います。そこで、忙しい女性のライフスタイルを変えていただくことなく、新しい洋服に出合ってもらえるサービスがあれば素晴らしいですよね。そう思ったのが、このビジネスのアイデアが生まれた瞬間でした。
田所:忙しい女性のような課題を抱えるユーザーの意識にどれだけ共感できるかが、アイデアを生み出すには大事だと思うんですが、ファッションビジネスの経験はなかった。数ある業種業態の中から、自分の経験から一番遠そうな女性向けを選んだのは、何か理由があるのですか。
はやりだけのサービスにはしたくない
天沼:先に業界を決めて起業しようと思う方もいれば、何か1つのアイデアがひらめいて業界を選ぶという方もいるでしょう。私は、後者ですね。
コンサルタントなどで身に付けた得意領域である「仕組み化」を最大限活用して、私たちのチームが最も社会に貢献できることは3つあると考えました。1つはITやインターネットを最大限に活用していること、2つ目は「シェアリングエコノミー」の概念が大好きなので、その要素が入っているということ。そして、3つ目は、お客様のライフスタイルにしっかり浸透するサービスにすること。
共同創業したメンバー3人とも30歳を超えてからの起業でしたので、一気にはやってもすぐに廃れてしまうようなサービスにしたくなかった。その条件から考えて、このサービスに行き着いたんです。3つの条件に合いそうな百数十個のビジネスモデルを3人で話しながら書き出して、それぞれについて事業継続性はあるかなどを判断していきました。
田所氏と天沼氏は、時代の変化を捉えてユーザーに心地よい体験を与えるサービスを見つけることに商機があるという
田所:そのアイデアすべてについて、ユーザーを想定してインタビューをしたり、情報収集をしたりしたのですか。
天沼:ユーザーのヒアリングをしたのは、エアークローゼットのモデルで行こうと決めてからですね。それまでは事業計画書を4つか5つかに絞って、30~40枚の大まかな事業計画書を書いては捨てという作業を繰り返しました。それで残った中から、一番実現したいという思いの強い今のモデルを選びました。
3人とも同じIT系コンサルティングファームの出身だったので、とにかく在庫を抱えるビジネスはせず、インターネットを生かそうと思い続けました。経営陣が本気で信じられるものをやることが一番大事だなと思います。そこが少しでも揺らいだら、メンバーに必ず伝わりますし、もっと言うとお客様にも伝わるんじゃないかと思います。ですから、サービスの方針が決まってからヒアリングに行きました。
田所:コンサル出身の起業家の方は、とにかく分析して、リサーチしてと、頭でっかちなプランになりそうですが、共同創業者3人の役割分担はあったのでしょうか。
天沼:いい質問ですね。それぞれの分担ははっきりしていました。私が基本的には意思決定をするリード役。それで、副社長の前川祐介は組織のつくり込みや業務フローの組み立てを担当しました。そして、3人目の小谷翔一は、マーケティングを中心に担当しました。
田所:私の著書『起業の科学』は私が何も知らず、起業に失敗した反省を踏まえながら、失敗の9割は無くせるフレームワークを整理したものですが、エアークローゼットは致命的な失敗とまるで縁がなかったように見える。途中でビジネスモデルを変えたり、狙うユーザーを変えたりということもなく、進んできている。
天沼さんを中心に、3人のメンバーが起業の初期から非常にうまくコミュニケーションを取ってきた成果ではないかと思います。
起業家が大きな価値を生み出す重要な要素は、経営陣のコミュニケーションの質の高さにあるのではないでしょうか。
天沼:実は、最初から3人で起業することに私はかなりこだわっていたんです。性格上、本音で徹底的に話し合うのが好きなので、熱くなれる仲間と熱い内容を語りたい。2人で議論になるとそれを落ち着かせるメンバーがいない。いざというときには火消しに入るメンバーがいるバランスは3人か5人で起業することだと思っていたんです。エアークローゼットには、「9 Hearts」という9項目の行動指針があるんですけど、その中心には「情報、知識、感じたこと、受けた感動、どんなことも共有(シェア)をすることでチームの総合力を高める」という項目があります。まさにコミュニケーションを大事にしているのです。
田所:あらゆる事業は、顧客に価値を届けるためのものだと思うのですが、熱く議論しているうちにサービスの内容がつくり手側の視点に偏ってしまうことがよくあります。サービスにどんな機能を盛り込むかなどを決めていくときは、顧客目線に立つことをどれだけ重視していたのでしょうか。
天沼:圧倒的に顧客視点で考えますね。むしろ、それ以外の視点はない。我々の存在価値はUX(ユーザー体験)の最大化にしかありません。お客様の感動体験をつくることから視点がずれたら、私たちがいる意味はないでしょう。
ビジネスモデルは手段の1つ
田所:今、映しているスライドがエアークローゼット創業前の発想の原点で、この発想を今、まさに具現化している感じですね。
エアークローゼット天沼社長が創業当時に書いたメモ。モノや情報は増え続けるが、忙しい個人はそれを処理する時間が足りないと気づき、新しい出合いを生み出すビジネスが生まれた(出所:エアークローゼット)
天沼:このグラフは、最初に創業メンバーの3人が集まってカフェで話したときに、私が書いたものです。
時間は有限で変わりませんが、モノや情報は今や幾何級数的に増えているという図です。その横に「キュレーション」「セレンディピティー」と書いてあります。第三者が何かを提案してくれ、そこで新しい商品や情報との偶然の素晴らしい出合いが生まれる。これが、エアークローゼットのビジネスの本質です。
新しいサービスを生み出す中で一番重要なのは、ビジネスモデルではないと思っています。ビジネスモデルはあくまでも手段の1つでしかありません。一番重要なのは、自分たちの本質的な目的とか価値とは何かということだと思っています。
私たちは、たまたま最初に選んだ手段でビジネスができていますが、本質的な目的を1つ持った上でそれを実現するさまざまな手段をピボット(軌道修正、切り替え)していくというのが基本的なビジネスの生み出し方だと思います。
田所:このアイデアを考えた頃は、衣食住の「衣料」でサービスを展開することは決めていたのですか。
天沼:この時点では決めていなかったですね。何かと何かのマッチングをシェアとインターネットとデータと人工知能を使って、今後解決していくという、ふわっとした概念があっただけでした。
田所:2013~14年で、人とモノやサービスとのいい出合いが相対的に減ってきているという兆候は感じていたのですか。
天沼:最初にイメージしたのは、先ほども触れましたが、女性の働く環境の変化です。ファッション誌を読んだり、テレビを見たりする時間が減ると、新しいブランドやその着こなしを知る時間がない。今年の流行やトレンドの色は何かを知るきっかけもなさそうと感じました。
そもそも、ショッピングに出かける時間がなく、出かけられたとしても、小さな子供を抱いたままでは試着もできない。
子供優先の生活になるほど、ファッションとの出合いの価値は大きくなる。そういう時代に変わってくるだろうと考えて、衣料というフィールドを選んだのです。
時代の大きな流れを捉える方法として、田所さんの著書にも「PEST分析」の話が出てきます。政治、経済、社会、テクノロジーという4つの大きな流れをつかんで、そこからビジネスのヒントを得ようという発想です。働く女性の環境変化という社会の流れから、エアークローゼットが生まれたのでしょうか。
天沼:そうですね。エアークローゼットの形に結び付いたのは、社会環境の変化が一番大きかったと思います。
それと、テクノロジーの変化による、社会の変化も重要でした。
私は小さな頃からパソコンが大好きでした。小学校の頃からパソコンを使っていて、当時は56kbpsのモデムを使って「ピー、ガー」と通信をしてインターネットにつなぐ時代。ですから、インターネットを使っているのはごく一部の人でした。
それが、私が社会人になったときには、スマートフォンが普及してきて、モデムの頃と比べて、情報の受け取り方、伝え方がガラリと変わったと感じました。マスメディアが伝えるばかりだった情報を個人もどんどん発信できるようになった。
誰もが情報を発信するようになると、当然選択肢が増える。そこで、僕らは情報の取捨選択に無駄な時間を使いたくない人に向けてサービスを提供しようと判断したんです。
ですから、この段階で、情報の取捨選択を楽しむタイプの人はターゲットにはしないと決めました。
エアークローゼットのレンタルは、登録ユーザーの利用履歴に応じて、スタイリストが服を選んで届ける仕組みなので、あふれる商品や情報の中から新しい出合いが生まれやすい(出所:エアークローゼット)
ターゲットを絞ると成果が分かりやすい
田所:働く女性に子供が生まれると、その人生は新しい節目を迎えます。節目を迎えるごとにこれまでとは全く異なる情報が必要になり、今まで習得していた情報の集め方や情報を集めるネットワークが通用しなくなることも多いのではないでしょうか。その不安定な状況を捉えたからこそ、うまく女性に訴えることができている。
エアークローゼットは、性別や世代に関係なく展開できるビジネスだとは思うのですが、最初に働く女性、子育てを始める女性とファッションの関係に注目したところが素晴らしい。
老若男女すべてをターゲットにすると、考慮すべき変数が増えます。すると、サービス提供によってその人を本当にハッピーにできたのか、ユーザーの心に刺さるサービスになっているかを判断しにくくなってしまうのです。
アイデアは同じでもどこにターゲットを絞るかが重要になる。人生の節目を迎えるタイミングを狙うのもそうですし、情報を得るのが早いアーリーアダプターだけに絞る手もあります。
もう1つは、大きな時代の変化があったときを狙う。規制緩和などで状況が変わると、それに合った情報を求める人が増えます。
変化をチャンスにするということですね。
田所:そうです。社会状況の変化とか、規制の緩和が起きると市場に混乱が生じる。例えば、不動産業界なら賃貸契約の重要事項説明を対面で行うことが以前は必須でしたが、今はネット経由でも行えるようになりました。
すると、不動産の賃貸は店舗を構えずに、ZoomやSkypeを使ってテレビ会議でできるようになる。そこに新たなビジネスモデルが生まれる余地が出てきます。そのときに、一番優れたUXを提供した人が勝つ。そのスピード感が重要ではないでしょうか。(次回へ続く)
(2018年2月、東京都内で開催したイベントの内容を再構成した)
【講師の添削付き】新規・既存事業の育成・強化セミナーを9月に開催
人口減少をはじめ、中小企業を取り巻く経営環境はここ数年で大きく変化し、長年続けてきた事業の停滞に悩む経営者が増えています。9月25日(水)に開催の本セミナーでは新規事業を生み育てるポイント、既存事業に新たなアイデアを加えて利益を賢く創出する発想法を詳しく伝授します。
ベストセラー書籍『起業の科学 スタートアップサイエンス』の著者で、新規事業開発支援を手がける田所雅之氏の講演やワーク、オンライン・ファッションレンタルのエアークローゼット天沼聰社長の講演を通して、時代の変化に即した事業の見つけ方・育て方を学びます。
本講座の特徴
・事業のアイデアや売りとなる魅力を見つける「発想力」「視点」が身に付く!
・新規事業の育て方だけでなく、既存事業を強化する方法も分かる!
・受講者が会場のワークでアイデアをまとめたリーンキャンバスを後日、田所氏が添削してお返しします!
詳しい内容は以下のリンク先をご覧ください。
■【講師の添削付き】新規・既存事業の育成・強化セミナー
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