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働き方改革に伴い、人事制度を再構築する企業が増えている。これまで曖昧にしてきた部分をクリアにすることが、社員のモチベーションを引き上げる。一番のポイントは、昇給の差、賞与の差を説明できる人事制度にすること。「なぜ、A君の昇給と私の昇給に、○円の差があるのか」。この質問に明確に応えられない会社は、人が辞めていく。人事制度構築を手掛ける松本順市・ENTOENTO社長に聞いた。

社員が思うように動いてくれないと悩む経営者が増えています。成果に応じて賃金を上げる人事制度を導入しても、あまり効果が得られていません。

松本:それは経営者の多くが「人事制度=賃金制度」と勘違いしているからではないでしょうか。

 私が考える人事制度は、昇給や昇進を決めるためのものだけではなく、社員全員に成長する機会を与えることを目的にしています。社員が成長しながら、会社の業績も上がる仕組みになっています。

松本順市(まつもと・じゅんいち)
中小企業の人事制度構築のスペシャリスト。これまで1000社以上の支援実績を持つ。鮮魚店の魚力に1993年まで勤め、サービス残業の廃止、完全週休2日制などを実現。同社の東証二部上場(現在は一部)に貢献した。中小企業のための「成長塾」も主宰する (写真=菊池一郎)

昇給のことだけを考えた人事制度はダメだと。

松本:「限界効用逓減(ていげん)の法則」という経済理論があります。人間が得られる満足度は、だんだん減っていくというものです。

 例えば、100万円の契約を取ったら1万円の歩合給を出すようにした。社員は初めのうちは喜びます。けれども、1万円では満足しなくなり、次に2万円に上げて、モチベーションを維持しようと考える。これを繰り返していると、ついには歩合給が100万円になってしまう──。

 そんな馬鹿げたことにはならないと思うでしょうが、似たような状況に陥っていて、笑うに笑えない経営者もいるはずです。

 しかし、業務の成果を「お金」で報いるのではなく、「褒める」ことに変えたらどうか。実は、給料を上げるよりも、褒めたほうが業績が伸びます。私が提唱する人事制度を導入した約1000社が、それを実証しています。

「死ぬ気」が不足…


褒めることを重視する。

松本:脳科学の研究では、「お金を得ること」と「人から褒められること」は、脳内の同じ回路を刺激することが知られています。つまり、褒められることは、お金を得るのと同等の満足が得られるのです。

 ただ、経営者なら分かると思いますが、社員一人ひとりを褒めるのはなかなか難しいですよね。

 私は大学時代、「魚力(うおりき)」という鮮魚店でアルバイトを始め、卒業と同時にそのまま就職しました。当時の社長の参謀役を務めさせてもらったものの、現場はまさに「死んだ魚の目」のたとえがピッタリの無気力な社員ばかりでした。

 その理由の1つが、売り上げが大きい大型店の店長は、数字のインパクトもあり褒められるけれど、小型店の店長はどうしても隅に追いやられること。どこの会社でもある話ではないでしょうか。

 これは他社であった笑い話ですが、大型店の店長に数字を上げる秘訣を聞くと、「死ぬ気で頑張りました」と答えました。小型店の店長にも同じ質問をしたら、「私も死ぬ気で頑張りました」。すると社長は小型店の店長に向かって「おまえは死ぬ気が足りていないんだ」と。

 いや、ちよっと待ってくださいよと私は言いました。人事評価に「死ぬ気があるかどうか」という項目をつくるつもりですか(笑)。

 社員を自分の思い通りに動かすために、成果に応じたお金という「にんじん」をぶら下げてもダメ。根性論や精神論を振りかざしてもダメということなのです。