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かつて一家に一台必ずと言っていいほど存在していた黒電話。その黒電話の本体と受話器などをつなぐコードを作っていたのが、1932年創業の金子コードだ。だが、通信技術の革新と共に電話の無線化が進んでコードの需要は激減し、会社は存亡の危機に立たされる。そんな中、新規事業で異分野に進出。今ではキャビアの養殖という畑違いの新規事業に挑んでいる。その背景には「挑み続けなければ明日はない」と考える組織風土がある。3代目社長の金子智樹(ともき)社長に聞いた。

黒電話のコードは今、国内需要がほぼ消滅した状態です。そのコードを作っていた会社が、今や医療機器やロボットケーブル、果てはキャビアの養殖まで展開している。なぜ新しいことに挑む風土を維持できるのですか。

金子智樹社長(以下、金子):「何のために会社は存在するのか」。経営の目的がはっきりしているからではないでしょうか。当社の経営の目的は会社の継続です。成長を続けて利益を出せば、会社は存続して社員の雇用が安定し、安心して生活してもらえる。その大前提の下、祖父の代から「一代につき(最低)一新規事業」を実現し、成長を保ってきました。

金子智樹(かねこ・ともき)社長。
1967年東京都生まれ。青山学院大学卒業後、90年金子コードに入社。94年シンガポールの現地法人の初代社長に就任。2005年社長に就任した (写真=菊池一郎)

 この方針を創業者の祖父や2代目の父が直接、私に明言したわけではありません。しかし、会社の歴史を調べたり、父の働きぶりを見たりする中で自分なりに解釈し、「同じようにしたい」と自然と考えるようになりました。それがまさに風土なのかもしれません。

経営者が良い風土を保ちたいと思っても、社員に納得・浸透させるのは難しいはずです。

金子:1932年に創業し、電話コードの製造を始めた祖父の時代は、ある意味シンプルでした。創業者の「日本の通信技術の発展に貢献する」という強烈な情熱の下、部下をぐいぐい引っ張っていって成果が出た。だから「トップダウン型」経営でも、社員が納得して付いてきたのです。結果的に、チームワークが良く、成果への意識も高い理想的な風土が自然とできていたんですね。

大胆な人材配置を断行


世代交代すると、挑み続ける風土が途絶えそうな気がします。

金子:父の代に入ると経営環境が厳しくなり、全員に危機感が芽生えたことが大きかったですね。78年に祖父が急逝し、父が後を継ぎました。電話コードで業績を伸ばしてきたのですが、一転してピンチを迎えたのです。

 きっかけは85年の電電公社の民営化。NTTが誕生して自由競争になり、競合が急増した。その後も携帯電話などの登場で、電話コード自体が要らなくなる方向に技術が進みました。「電話コードが完全に売れなくなる前に新規事業を軌道に乗せなければ、会社が潰れる」。この単純な構図は経営陣だけでなく、新入社員でも分かりました。