とどめとなったのは、東日本大震災に伴う13年の改正耐震改修促進法の施行です。耐震補強が必要になり、試算すると5億円の負担が見込まれた。これで14年初めの自己破産申請を決めたのです。

 伯父と父にその決断を告げると、最初は聞き入れてくれません。私は退職願を出し、 「これ以上は責任が取れません」と宣言し、半ば強引に事を収めたのです。

全員参加の営業最終日

 自己破産申請は14年1月30日でしたが、2月4日までお客様の予約が入っていました。そこで、弁護士に頼み込んで特別に営業を継続させてもらいました。

 1月30日で、従業員は解雇です。しかし、「最後までおもてなしをしたい」と、全員が最終日まで出勤してくれました。料理に使う食材も取引先が「今までの感謝の気持ち」と無償で提供してくれました。

 その結果、全員で最後のお客様を玄関で見送ることができたのです。会社を潰して迷惑をかけたにもかかわらず、白木屋を最後まで思いやってくれる。従業員や地元の人たちの情の厚さに感謝するとともに、老舗を残せなかった無念さが残りました。

 父は旅館の最後を見届けた3カ月後に亡くなりました。伯父も17年に他界しています。何度も意見がぶつかった2人ですが、金融機関に対する個人保証は2人が背負ってくれていました。そのため、私個人は自己破産せずに済んだのです。その意味では、ありがたかったと今は感じています。

 白木屋グランドホテルという古くて変化へのスピードが遅い恐竜のような会社を率いていくのは、やはり大変でした。私が未熟だったのは、目先のコスト削減や売り上げ確保に終始したこと。先を見据えた事業計画を示し、夢を語りながら従業員を鼓舞する積極的な姿勢があればよかったと思っています。

(この記事は「なぜ倒産 平成倒産史編」に掲載した内容を再編集したものです)

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「会社を潰した経営者の告白」5編のほか、社長の苦渋の証言を多数収録。
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【本書の構成】

  • ■ 第1章 倒産は「急成長の証し」でもあった
  • ■ 第2章 「想定外」に長引く不況、変化対応が問われる
  • ■ 第3章 経営者よ、「死に急ぐ」な!
  • ■ 第4章 じわり企業体力奪う「跡取り問題」
  • ■ 第5章 経営者の孤独に付け込む「悪魔のささやき」
  • ■ 第6章 優しい行政、続出する「2度破綻」
  • ■ 第7章 「老舗大倒産時代」の到来
  • ■ 第8章 「倒産というカード」の切り方

【COLUMN】倒産の定義と現況
【COLUMN】個人保証は外せる!

【MESSAGE】「会社を潰した経営者の告白」
「予期せぬ事態が5つも同時に起きるとは」/「傷が浅いうちに倒産を決断すべきだった」/「未曽有の環境変化にも抗う術があったか」/「先代たちが改革の抵抗勢力、身内に負けた」/……など5編

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