『起業の科学 スタートアップサイエンス』(日経BP)の著者でスタートアップ支援を手がける田所雅之氏と、『ザ・プラットフォーム』(NHK出版)、『アフターデジタル』(日経BP、共著)の著者でネットビジネスの現状に詳しい尾原和啓氏が、6月27日(木)に東京都内でトークイベントを開催。オンラインとオフラインが融合する「OMO」(Online Merges with Offline)時代のプラットフォームビジネスの今後について語り合った。前編となる今回は、ネットビジネスで勝ち続けることの重要性を探った。
田所:ビービットの藤井保文さんと共著の『アフターデジタル』で取り上げている、OMO(Online Merges with Offline)の考え方が注目を集めていますね。
尾原:実は、この会場に来る直前までLINEの事業戦略発表会の会場にいました。そこでLINEは「生活全体を支えるライフプラットフォーム企業になります」という宣言をしました。この「プラットフォームが社会全体を支える」という発想が、まさに『アフターデジタル』のメインテーマであるOMOの概念です。
尾原和啓(おばら・かずひろ)
1970年生まれ。京都大学大学院修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、グーグル、楽天などで数々の事業を手がける(写真=菊池一郎、以下同)
田所:オンラインとオフラインの世界が別々に存在するのではなく、オフラインの世界も含め、世の中全体がオンラインと融合した社会に変わっていく。
尾原:はい。LINEは「Life on LINE」という表現を使いましたが、OMOはものすごいポテンシャルを秘めています。インターネットが普及して約30年、iPhoneが発売されて10年以上たち、世の中はそれ以前とまるっきり違うものになったと感じている人がほとんどだと思います。でも、実は革命が起きていたのはインターネットに関わる領域だけで、ネット経由の小売りなどを含めても世界の全市場の2割くらいにすぎません。
田所:つまり、残りの8割の市場は比較的昔からの原理のまま動いている。そこにイノベーションが起きると私たちの生活、そしてビジネスの世界にさらなる大変動が起きるということですね。
尾原:そういうことです。従来はO2O(Online to Offline)という言葉がよく使われていました。オンラインで欲望を喚起してオフラインで買ってもらうという概念です。ビジネスの基盤はあくまでもオフラインの世界で、補完的にオンラインの世界があるという考え方を前提にしていたわけです。
しかし、今はオンラインとオフラインの境界線がなくなってきています。むしろオンラインがビジネスの基盤となり、拡張するオンラインプラットフォームがあらゆるリアルなビジネスを飲み込み、統合していく。これが元グーグル・チャイナの代表で、投資会社シノベーション・ベンチャーズを設立した李開復が2017年に提唱したOMOの世界です。
具体例については『アフターデジタル』に詳しいのですが、米国や中国はすでにOMOが進んでいます。日本も20年から5G通信が始まり、あらゆるものが常にネットにつながった「コネクテッド」の時代に突入していきます。従来、ネットとは無縁だった生活シーンやビジネスのあり方が、オンライン前提でどんどん上書きされていくことでしょう。
田所:だからこそネットビジネスの原理を知っておくことは、どんなビジネスパーソンにとってもますます大事になっていくと。
尾原:そう思います。
ビジネスは勝ち続けないと意味がない
尾原:ではネットビジネスの原理とは何かという話ですが、ネットビジネスで勝つために必要なのは「戦略」と「ビジネスモデル」です。皆さんも大好きな言葉かもしれません。では戦略とはいったい何でしょうか? ビジネスモデルとは何でしょうか? 自分の言葉に落として実行できているでしょうか?
簡単に言うと、戦略とは「戦いを略すること」で、ビジネスモデルとは「顧客提供価値」と「持続的競争優位性を担保する」ことです。もっと分かりやすく言えば、ビジネスモデルとは「お金を払ってでも使いたいと思ってもらえるプロダクトをつくること」と「競合がやりたくてもできない状況をつくること」。そして結果として「競合との戦いを略する状況をつくる」という“戦略”を実現できるのです。
ネットビジネスにおける顧客提供価値とは何か。ずばり世の中に埋もれている価値のことです。
田所:米アマゾン・ドット・コムのCEO、ジェフ・ベゾス氏の言葉を借りれば「ロングテールの発見」ですね。商品の作り手から買い手へと商流が一方向で流れる、従来型のパイプライン型ビジネスでは出合えないニッチな価値を参加者が提供できる場をつくる。尾原さんがよく言われる「フラグメント化(断片化)された情報をいかに集約できるか」が勝負であると。
田所雅之(たどころ・まさゆき)
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングに従事。独立後は日米でスタートアップを立ち上げた経験を持つ。現在は、国内外のスタートアップ支援を手がけながら、ウェブマーケティング会社のベーシックでCSO(最高戦略責任者)を務める。また、2017年にはスタートアップ支援のユニコーンファームを設立した
尾原:そうですね。さらに言えば、埋もれていた価値を、最先端のテクノロジーを使って、一番いいタイミングでプラットフォーム化できた企業が、「GAFA」(グーグル、アマゾン・ドット・コム、フェイスブック、アップル)だということです。
ただ、顧客提供価値は千差万別です。いかに顧客の支持を受ける価値を生み出すかという考え方については田所さんの著書にお任せします。私が今日お話ししたいのは「競合がやりたくてもできない状況」をどう作るかです。
これを最近シリコンバレーでは「ディフェンシビリティー」とよくいいます。攻撃は最大の防御といいますが、いかに攻めていけば自社のサービスを守れるか。やはりビジネスは勝ち続けないと意味がありませんから、ディフェンシビリティーを上げることはものすごく重要なことです。
ですから、まず私から「ネットビジネスはこれを装着すれば勝ち続けやすい」という切り口で話をさせていただきたいと思います。
メルカリの勝因
尾原:まずお見せしたいのが、プログラマーでギリア(東京・台東)社長の清水亮さんが以前ブログで公開していた図です。「戦略」と「戦術」という言葉は皆さんもよく使われると思いますが、戦いに勝つために必要な要素は実は4つあるという話です。
- 1)戦略(戦いを略す):戦いを回避する手段を考える。
- 2)作戦(戦場をつくる):相手とぶつかる戦場を設計する。
- 3)戦術(戦いの術):敵と戦場で向き合ったときの戦い方を考える。
- 4)兵站(へいたん、リソース):リソースの集め方と使い方を考える。
ピラミッドの上から順に「戦略」「作戦」「戦術」があり、そのすべてを支えるのは「兵站」であるということです。
例えば、メルカリはなぜフリーマーケット市場で勝てたか? もちろん素晴らしい人材がいて、素晴らしいサービスを設計されたからですが、根本的なところでいうとメルカリは兵站で勝った会社といえます。
田所:確か、フリーマーケット用のアプリでは「フリル」(現在は楽天の「ラクマ」に統合)が1年くらい先行していましたよね。
尾原:はい。だから普通のペースで成長しても追いつけません。そこでメルカリは赤字前提で販売手数料を無料にし、CMを打ちまくりました。シェア1位になるまで全力疾走する資本力があったことが勝因です。
で、次が重要なことですが、プラットフォームビジネスでは業界1位になると売り手が買い手を呼び、買い手が売り手を呼ぶ「ネットワーク効果」が起きます。
より正確にいうとネットワーク効果は2種類あります。先ほどの“売り手・買い手の法則”が働くのが「相互ネットワーク効果」。もう1つ、“仲間外れの法則”が働く「ネットワーク外部性」というものもあります。これもかなり重要で、なぜ主婦(主夫)層がLINEを使うかというと学校のPTAのやり取りで仲間外れになるからです。なぜ企業がマイクロソフトの製品を使うかというとパワーポイントやエクセルを使っていないと社内外でビジネスコミュニケーションが図れないからです。
いずれにせよ、ネットワーク効果が出始めるとシェアがシェアを呼ぶ好循環に入ることができるので「戦いを略する」ことができます。だからメルカリにとって市場シェアで1位になることは至上命令だったのです。
どれだけネットワーク効果が強力かというと、米国の上場企業でネットワーク効果を装着している企業は20%くらいですが、その20%の企業が全上場企業の時価総額の70%を占めています。
ネットビジネスで勝ち続けるためには、「戦略」「作戦」「戦術」「兵站」という戦いの4要素のうち、いま自分たちがどこを磨くべきなのかを理解することが重要です。
市場を独占できる「4+1」の勝ちパターン
田所:メルカリは兵站を活用したネットワーク効果が勝ちパターンだったわけですが、ほかにはどんなパターンがありますか?
尾原:正確に数えると23パターンくらいあるとされていますが、「これだけマスターしておけば十分!」という勝ちパターンが次の5つです。
- 1) プロプライエタリー・テクノロジー(先行優位期間のある独占的技術)
- 2) ネットワーク効果
- 3) 規模の経済
- 4) ブランディング
- +1 Embedded(組み込みモデル)
上の4つは米ペイパルの創業メンバーとして知られるピーター・ティールが著書『ゼロ・トゥ・ワン』(邦訳はNHK出版)で紹介した「独占4要素」といわれるものです。勝ち続けるためには戦いを略す必要があり、そのためには独占しろと。そのときに必要な4要素です。最後の+1は、NfXというシリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)が最近足した概念です。
テスラを例に説明しましょう。テスラは最初どう勝ったかというと「プロプライエタリー・テクノロジー」で勝ちました。電気自動車なのにあり得ない速度で加速できる。これは他社ではまねができない技術だったのです。
ただし、プロプライエタリー(独占的)といっても、技術を独占できるのはある一定期間だけ。いずれ競合が追いつきます。そこで次にテスラは先行技術とCEO(最高経営責任者)であるイーロン・マスクという個性を活用し、「テスラは新しい車を再定義します」と打ち出して「ブランディング」に力を入れました。
ネットにおいてブランディングが大事な理由は2つあります。1つは指名買いされるようになるのでグーグルに広告費という“関税”を払う必要がないこと。あと1つは兵站です。お金がどんどん集まってきます。
ブランディングで集めた資本で、テスラはどうしたかというと、先行技術の優位性が薄れる前に、「規模の経済」に移行しました。パナソニックと提携して巨大なバッテリー工場をつくったのです。加速性能が良く、長距離を走れるバッテリーを安く作ることで競争優位性を維持するのが狙いです。
ただ、これも賞味期限があり、世界のバッテリー生産量で中国に追いつかれてしまいました。そこでいま彼らが照準を絞っているのが、自動運転車の市場における「ネットワーク効果」です。
自動運転車の性能はアルゴリズムやエンジニアの質で決まると思っている人がいますが実際には3割くらいしか影響がなくて、その質を大きく左右するのはリアルタイムに取り込むデータの量です。つまり自社の車が街中を走れば走るほどデータが集まり、性能が上がり、さらなるユーザーを獲得できるという好循環に入ることができます。テスラはそれを狙っているわけです。
企業の業務プロセスに深く入り込めるか
尾原:最後に+1の要素である「Embedded(埋め込み)」について触れておきます。
ビジネスチャットの「Slack」やビデオ会議の「Zoom」など、最近米国で上場しているスタートアップにはBtoB市場向けが多い。BtoBのネットビジネスの特徴として、一度企業の業務プロセスに深く入り込むことができれば、競合へのスイッチング(乗り換え)が起こりにくくなることがあります。これがEmbedded。業務プロセスに組み込まれると「うちは他社を使っているからさ」と、お客が他社の営業をはねつけてくれるようになるのです。
田所氏と尾原氏は、ネットビジネスの勝ちパターンについて話し合った
分かりやすい例がリクルートのPOS(販売時点情報管理)レジアプリ「Airレジ」です。iPhoneかiPadがあれば、それをPOSレジとして使うことができます。
リクルートといえばクーポンサービスのホットペッパーが有名ですが、「食べログ」などの影響でネットワーク効果が出づらくなっていきました。そこでリクルートはPOSレジアプリを開発して無料で配布するという作戦に出ました。お店が用意すればいいのはiPhoneかiPadだけです。
Airレジはテーブル管理機能や予約管理システムなども組み合わせて利用できます。すると、リクルートは競合がアクセスできないデータを入手できるようになる。「月曜の19時前にお客さんが入っていませんね。じゃあクーポン出しませんか?」とか「女性客が多いようですから、デザートを1品サービスしませんか?」といった、他社にはできない突っ込んだ提案ができるようになるのです。
ここでのポイントは、クーポンの発行だけならスイッチングはすぐにできますが、レジになると簡単に変えられないということです。アルバイトの子たちは操作に慣れているし、会計ソフトとの連携機能があるのでオーナーもAirレジを使って確定申告をしています。まさに業務のなかに組み込まれた状態です。
「お客さんが喜んでくれるプロダクトを作ったら勝ち」と思っている人が多いのですが、勝ち続けるための独占の原理をどうつくっていくかが、プラットフォームビジネスにおいてはとても大事なことです。
(後編に続く)
(構成:郷和貴、編集:日経トップリーダー)
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・事業のアイデアや売りとなる魅力を見つける「発想力」「視点」が身に付く!
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・受講者が会場のワークでアイデアをまとめたリーンキャンバスに後日、田所氏が添削してお返しします!
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