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柳井さんの千本ノック

 そんなとき、旧知の元証券アナリストから、「『ユニクロ』の柳井正会長に会いませんか」と声をかけてもらいました。奇跡的にアポを取ることができ、訪ねました。

 忘れもしない08年12月24日午後3時。ファーストリテイリング本社の会長室に入るや、柳井さんからの激しい千本ノックが始まりました。「激励の言葉をかけてくれるかな」と、今思えば気楽すぎた私に、柳井さんが経営の本質を問う厳しい質問を豪速球で矢継ぎ早に投げてきました。

 「御社の事業価値は何ですか?」「御社のビジョン(理念)は何ですか?」「御社の……」。私はしどろもどろで答えるものの、そんな浮ついた回答に柳井さんは納得しません。答え終わる前に次の質問が飛んでくる。とにかく圧倒されました。真の経営者なら返せる答えを私は返せないから、柳井さんは見抜いていたはずです。「上場企業の経営者として失格だ」と。

 話すうちに体調が悪くなってふらふらになり、30分の面会が終わってからも、頭の中には「ビジョンがない会社は絶対に成長しない」という柳井さんの言葉だけが響いていました。確かに当社にはビジョンがなかった。

 そして、迷いが消えて腑に落ちたんですよ。これまでは業績を立て直す戦術を考えても、確信を持てなかった。でもビジョンを突き詰めると、「勝ち負け」という狭い世界から抜け出して、「自分がどうありたいか」「会社は何のために存在するか」という根源的な考えにたどり着く。だから、「心から湧き出るビジョンに基づいた経営ならば、結果が芳しくなくても納得がいく」と腹が据わりました。

 すぐにビジョンの策定に取りかかりました。09年1月7日に、幹部を集めて1泊2日の合宿を開いたのです。皆に案を出してもらいましたが、実は私には温めていたアイデアがありました。

 それが「メガネをかけるすべての人に、よく見える×よく魅せるメガネを、市場最低・最適価格で、新機能・新デザインを継続的に提供する」という案。最終的に、皆の総意でこれに決まりました。

 上場後の2年強は、既存の眼鏡チェーン店との戦いを無意識に避け、「上場という安定」を守ろうとしていた。「若者向け」という戦略を言い訳にして、眼鏡や店舗のファッション性を高める戦術に終始していたのです。初めてつくったビジョンは、「消費者の真のニーズから逃げず、オンリーワン&ナンバーワンを死ぬ気で目指す」という経営者の覚悟でもありました。