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アイウエアブランド「JINS」を手がけるジンズの田中仁社長。これまでの経営で体験した「最大の壁」は、上場後に出店を拡大しても業績がついてこなかったことだ。上場後の1年こそ売り上げや利益を伸ばしたものの、翌08年8月期からは2期連続で当期純損失を計上。上場廃止の危機を乗り越えたきっかけは、経営ビジョンの大切さに目覚めたことだった。

たなか・ひとし
1963年群馬県生まれ、56歳。88年ジェイアイエヌを設立(現ジンズ)。2001年、アイウエア事業「JINS」を開始。06年に大証ヘラクレス(現ジャスダック)、13年に東証一部上場(写真=稲垣純也、以下同)

 2006年8月、私は絶頂期にいる高揚感を味わっていました。会社を当時の大証ヘラクレスに上場させて約9億円の資金調達に成功し、会社も創業社長の私も社会的信用を得られましたから。

 しかし慢心していた私は、すぐに大きな壁に直面します。従業員を大量採用して出店拡大を仕掛けても、数字がついてこない。上場して最初の1年間は前期のほぼ2倍に当たる13店を新規出店して売り上げや利益を伸ばしたものの、翌08年8月期から当期純損益が2期連続の赤字です。

 市場からの評価も散々でした。上場直後の400円台から、わずか2カ月で800円台にまで跳ね上がっていた株価は急落。08年の夏には100円を割り込みました。私の拙い経営のせいで、会社の価値が9割近くも吹き飛んだのです。上場廃止となる未来が現実味を増してきました。

06年8月の上場から2年強で株価は最高値の5%程度まで落ち込んだ

 切羽詰まっているから、気持ちはどん底で常に落ち着かない。「この窮状から抜け出すために、こんな戦術はどうだろう」と考えるものの、確たる自信がないから勝負に踏み切れず、鬱々と悩む。堂々巡りでした。そして08年9月。リーマン・ショックが起きます。

 株価の下落は止まらず、「いよいよまずいぞ」と焦りが増す私の耳に、「悪魔の誘惑」が聞こえてくるようになりました。「御社を売りませんか」「MBO(経営陣による買収)で上場をやめましょう」。株主に対する責任から逃れられる話が、金融機関から舞い込むのです。

 その気がなくても、不思議なもので次第にその気になってしまうものなんですよね。「私には上場企業の社長としての器がない。売って楽になったほうがいいのではないか」と。