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創業時の苦労話で買収を決断

 「トップ会談のとき、会社の姿勢が当社と似ていると感じたことが決め手になった」

 ダンボールメーカー、美販(びはん)(大阪府東大阪市)の尾寅(おとら)将夫社長は、17年6月にプラスチックケースメーカーの淀紙器製作所(以下淀紙器、大阪市)を買収した理由をこう語る。

 美販は1976年に尾寅社長の父が興した会社だ。中に詰める商品を固定するなど、特殊な設計が必要なダンボール箱の製造を得意とする。

 2001年に父から後を継いだ尾寅社長は着実に顧客を増やし、売上高は5億200万円(18年2月期)で、安定的に利益を出す会社にした。従業員数は27人だ。

 「国内市場が成熟する中、さらなる成長には取扱商品や販路を広げる必要がある」。尾寅社長は、会社の将来をこう考えていた。とはいえ、すべて自社で手がけるには時間とお金がかかる。選択肢として浮上したのがM&Aだった。

 買収の条件に据えたのは相乗効果が出やすいメーカーと組むこと。 「ダンボールの製造工程と似ていて私自身が技術を理解でき、既存顧客に派生的な新製品として提案できる。商品ラインアップの拡大につながる、そんな企業があれば買収を考えることにした」と尾寅社長は説明する。

 そうした中、17年4月に取引先の地方銀行から売上高1億円規模で従業員は6人というプラスチックケースメーカーを紹介された。

 「規模も小さく、一枚のシートから型抜きして組み立てている。製造工程に共通点が多い」と判断。本格協議に入った。それが淀紙器だった。

 当時、淀紙器は経営危機だった。2代目が経営していたが、16年に65歳で他界。後継者はおらず、92歳の母親のAさんが形式的に社長を務めていた。大黒柱を失い、業績はじり貧だった。

 当初は廃業を検討していた。しかし、顧問税理士から「まずは売却できる相手がいないか、探したほうがいい」と提案された。