「M&Aバブル」という言葉が躍るほど、企業の買収・売却が活発だ。中小企業同士のM&Aも当たり前になっている。成功のために重視すべきポイントの一つが、売り手・買い手のトップの価値観を一致させることだ。互いの考え方をトップ会談で確認してM&Aを成功させた事例とともに解説する。
「2018年度の成約数は、前年度より倍増する見込み。勢いに驚いている」
中小企業に特化したM&A(合併・買収)の仲介を手がける経営承継支援(東京・千代田)の笹川敏幸社長は、現状をこう話す。
大企業のみならず、中小企業同士のM&Aが活発だ。中小企業白書によると、東証一部に上場している中小企業向けM&A仲介会社3社の17年の成約数は合計526件。5年前の約3.5倍に急増している。
背景には、売り手と買い手、双方の需要の高まりがある。
売り手が増えている最大の理由は後継者難。団塊世代の中小企業経営者は70歳を超えた。子息がいても後を継ぎたがらないことなどから、他社に買ってもらわなければ、従業員の雇用を含めた経営が継続できない企業が増えている。
一方、買い手からすれば時間を買える利点があり、M&Aに積極的だ。人口減少に伴う人手不足で、中小企業が人材を確保するのは難しくなるばかり。そんな中、強い中小企業をM&Aできれば、営業力や技術力の高い人材を手に入れることができる。
中小企業同士のM&Aが増えている。売り手が増えている最大の理由は後継者難。買い手の側には事業拡大の時間を短縮できるメリットがある(写真:PIXTA)
甘い情報収集で失敗も
とはいえ、上場している大企業とは異なり、中小企業同士のM&Aは難しい。業績を含めた公開情報が少ない上、規模が小さい分、組織同士の相性などが大きな影響を及ぼすからだ。
実際、事前の情報収集が甘かったため、「買収を検討していた相手企業の社員の猛反発に遭って破談になったり、M&Aの後、期待した相乗効果が得られなかったりするケースがよくある」(笹川社長)。
限られた情報の中、M&Aをする際、何に注意すればいいのか。日経トップリーダー編集部ではそのポイントを次のように整理した。「売り手・買い手のトップの価値観を一致させる」「デューデリジェンス(資産査定)の盲点に目を向ける」「成功の鍵は『ほったらかす』に限る」「売買の目的が明らかであるか」「多少の『ケチがつく』は覚悟する」の5つだ。
日経トップリーダー編集部でまとめた「失敗しない中小M&A、5つの柱」。売り上げ、顧客数、技術の類似性など買収先を選ぶ基準はさまざまだ。大事なのはM&Aの成立ではなく、その後に相乗効果が得られるかを考えること。そのためにこの5つの柱が重要になる
5つのポイントのうち、今回は、売り手・買い手双方のトップの価値観を一致させて成功した例を紹介する。
小さな会社のM&Aでは、トップの考え方が社風につながるため、より重要になる。相手との面談を通じて、会社の成り立ちや働き方などにずれがないかどうかを確認しておきたい。
創業時の苦労話で買収を決断
「トップ会談のとき、会社の姿勢が当社と似ていると感じたことが決め手になった」
ダンボールメーカー、美販(びはん)(大阪府東大阪市)の尾寅(おとら)将夫社長は、17年6月にプラスチックケースメーカーの淀紙器製作所(以下淀紙器、大阪市)を買収した理由をこう語る。
美販は1976年に尾寅社長の父が興した会社だ。中に詰める商品を固定するなど、特殊な設計が必要なダンボール箱の製造を得意とする。
2001年に父から後を継いだ尾寅社長は着実に顧客を増やし、売上高は5億200万円(18年2月期)で、安定的に利益を出す会社にした。従業員数は27人だ。
「国内市場が成熟する中、さらなる成長には取扱商品や販路を広げる必要がある」。尾寅社長は、会社の将来をこう考えていた。とはいえ、すべて自社で手がけるには時間とお金がかかる。選択肢として浮上したのがM&Aだった。
買収の条件に据えたのは相乗効果が出やすいメーカーと組むこと。 「ダンボールの製造工程と似ていて私自身が技術を理解でき、既存顧客に派生的な新製品として提案できる。商品ラインアップの拡大につながる、そんな企業があれば買収を考えることにした」と尾寅社長は説明する。
そうした中、17年4月に取引先の地方銀行から売上高1億円規模で従業員は6人というプラスチックケースメーカーを紹介された。
「規模も小さく、一枚のシートから型抜きして組み立てている。製造工程に共通点が多い」と判断。本格協議に入った。それが淀紙器だった。
当時、淀紙器は経営危機だった。2代目が経営していたが、16年に65歳で他界。後継者はおらず、92歳の母親のAさんが形式的に社長を務めていた。大黒柱を失い、業績はじり貧だった。
当初は廃業を検討していた。しかし、顧問税理士から「まずは売却できる相手がいないか、探したほうがいい」と提案された。
従業員の雇用と社名継続が条件に
淀紙器が買い手に求めた条件は二つ。働き続けてくれた従業員の雇用と社名の継続だった。
17年5月、淀紙器のAさんと面談した尾寅社長は、相手先のことを詳しく知ろうと、会社の歴史をAさんに尋ねた。Aさんは、創業者だった夫と自転車に製品を積んで近所の商店街に直接納品したエピソードを話した。それを聞いた尾寅社長はこう感じたという。
「父から聞かされていた、うちの創業時の話とそっくりだ」
だが、淀紙器の社員の同意が得られなければ、買収はうまくいかないと、尾寅社長は考えた。そこで、踏み込んだ提案をした。
「御社の従業員一人一人と面談させてください」
Aさんはこれを了承。後日面談すると、ほぼ全員が「会社が存続するのであれば、ぜひ働き続けたい」という回答だったため、売買の詰めのプロセスに進んだ。
「買収先の社長の最優先事項が、雇用と社名の維持だったため、売買金額の交渉はスムーズだった」と語る美販の尾寅社長(写真:大亀京助)
デューデリは、美販の顧問である会計事務所が担った。M&Aで問題になりやすい簿外債務は一切なかった。
買収額は地銀や会計事務所に支払う手数料なども含めて5000万円。実質4000万円分の負債も含めて引き継いだ。「5000万円相当の設備が3台あり、大阪市内の土地や建物も取得できたので、非常に有益だった」(尾寅社長)。
17年6月の買収から約1年半がたち、相乗効果も出ている。美販の既存顧客のうち、単発でダンボール箱の注文を受けていた取引先に淀紙器のプラスチックケースを提案したところ、製品パッケージとして常時取引が決まった。
現在、経理や配送は共通化している。「今後は営業も一本化したい」と尾寅社長は話している。
(この記事は、「日経トップリーダー」2019年3月号の記事を基に構成しました)
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