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2018年3月期は過去最高益で、3期連続の増収増益。しかし、13年の社長就任から2年間は孤立無援の暗黒時代だった。先代、幹部の異論反論を軽くいなし、結果が出るのを待つ。粘り腰を支えたのは、創業家出身としての覚悟と意地だった。

 エステーに入社した8年前、ある役員から質問を受けました。

 「これまでお仕事ってされたことはあるのですか?」

 私は当時社長だった鈴木喬会長の姪。“お嬢さん”が突如会社に入ってきたという印象だったのでしょう。逆の立場になって考えれば、あながち失礼とも言えません。

 それなりに働いてきましたが、日用品業界では素人。経営の経験もない。そんな私が社長に就任すると2年間、孤立無援の状態が続きました。業績も今ひとつ。2ケタ減益を受けてのバトンタッチで初年度からV字回復とはいかず、2年目は消費増税という向かい風に対抗し切れませんでした。

鈴木貴子(すずき・たかこ)
1962年東京生まれ。84年に上智大学外国語学部を卒業。日産自動車、LVJグループ(現・LVMH GROUP)などを経て2010年エステー入社。12年取締役兼執行役グローバルマーケティング部門特命担当。カリスマだった先代の後を継ぎ、13年社長就任(写真:小野さやか)

反発をかわし巻き込む

 トップとして最初に私が掲げた方針は、「ブランド価値経営」です。日用品業界のすさまじい価格競争から脱却すべく、高付加価値、高収益の商品作りに尽力する。不可欠なのは、ブランド価値を磨き上げることだと考えていました。

 ところが、鈴木会長から早速ダメ出しを受けます。「『ブランド価値経営』なんて小難しい言葉では伝わらない。『価格競争から価値競争へ』と表現してはどうか」。確かに、日用品業界では「ブランド」という言葉はあまり浸透していなかった。けれど私はだからこそ、この言葉を使う価値があると信じていました。

 とはいえ、真っ向から反論しても会長は聞いてくれません。そんなときはさらりとかわすこと。

 まず、「はい、ちょっと考えてみます」といったん、引き下がる。そして既成事実をつくり、外堀から埋めていくのです。