バンク・ロワイアルの成功に気をよくしていた政府は、ローに更なる銀行券の発行を迫った。ローはこの圧力に耐えきれず、不換紙幣に切り替えた上に、銀行券の大量発行に踏み切ってしまう。この結果、銀行券の信用力が失われると同時に、巨大なバブルが生み出されてしまったのである。

 しかし、ローはリフレ政策や債務の株式化を発明した天才であったことは間違いない。優れた洞察力で知られる経済学者のジョセフ・シュンペーターも、「あらゆる時代の貨幣理論家のなかで、最上の貨幣理論を構築した人物である」と、ローに賛辞を贈る。また、新古典派経済学の基礎を築いた経済学者アルフレッド・マーシャルも、「向こう見ずで、並外れた、しかし最も魅力的な天才」と、ローを高く評価しているのだ。

 リフレ政策という画期的な金融緩和策を編みだしたものの、そのコントロールに失敗して沈んでしまったジョン・ロー。あまりに惜しまれる天才の過ちであった。

 ローが作り出した人類史上最大のバブルであるミシシッピバブルだが、人類は同じような失敗をその後何度も繰り返してきた。一九二九年の「暗黒の木曜日」で破裂したアメリカの株式バブルは、全世界を巻き込む大恐慌を招いた。その後もITバブルなど、人類は幾度もバブルを生み出し、その崩壊によって辛酸を嘗めてきた。

NTT株とミシシッピ会社の重なり

 一九八〇年代後半、プラザ合意に伴う急激な円高による景気悪化に対応して、日本銀行は通貨供給量を急激に増やす金融緩和政策を展開した。あふれ出したマネーは、株式や不動産に流れ込み、価格を押し上げていった。その象徴が、政府が売り出したNTT株の株価暴騰だった。バンク・ロワイアルを日本銀行に、NTTをミシシッピ会社に置き換えれば、その構図が全く同じであったことが分かる。また、政府がNTT株式の売却代金を、歳入の足しにした点でも同じといえるだろう。

 「バブルの恩恵を一番受けたのは誰だと思う? それは政府だよ」。こう語ったのは、筆者がテレビ局で記者をしていた時代に知り合った大蔵官僚だ。バブル景気のおかげで所得税や法人税、固定資産税などの税収が急増したことで、一九九一年度からの三年間は赤字国債の発行がゼロになっている。大蔵省がローと同じく、財政赤字削減のためにバブルを起こしたのかと疑いたくもなる。

 ジョン・ローはギャンブルの天才であった。「儲けたい!」という人の心理を巧みに読み取り、確実に勝利をものにしてきたのだ。そのローが仕掛けたとてつもなく大きなギャンブルがロー・システムであり、ミシシッピバブルだったのかもしれない。デフレ不況が長引く日本では、ジョン・ローのようにリフレ政策からバブルを起こしてその解消を図るべきとの声もある。その理非はさておき、ジョン・ローの亡霊は、今も世界各地に出没し、人々の心を揺り動かしているのである。

■参考文献
『ジョン・ローの虚像と実像 ― 18世紀経済思想の再検討』(中川辰洋著/日本経済評論社)
『熱狂、恐慌、崩壊 ― 金融恐慌の歴史』(チャールズ・P・キンドルバーガー著、吉野俊彦・八木甫訳/日本経済新聞出版社)
『ジョン・ローの周辺』(中村英雄著/千倉書房)
『狂気とバブル ― なぜ人は集団になると愚行に走るのか』(チャールズ・マッケイ著、塩野未佳・宮口尚子訳/パンローリング)
『マネー その歴史と展開』(ジョン・K・ガルブレイス著、都留重人訳/ TBSブリタニカ)
「日本経済新聞」2012年3月14日「やさしい経済学 危機・先人に学ぶ ジョン・ロー(8)」(北村行伸)
「甲南経済学論集」2015年3月「ジョン・ローの貨幣理論」(古川顕)

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◇ ホレス・ウェルズ/麻酔の発見者が詐欺師と歩んだ悲惨な末路
◇ ジョン・アウグスト・サッター/湧き出る黄金が農場主に災いを招く
◇ 金子直吉/三菱、三井を超えた名参謀 巨大商社と共に沈む
◇ 坪内寿夫/消えた資産は数千億円 幸之助と並んだ再建王
◇ 山城屋和助/日本官民汚職の原点 政商が選んだ壮絶な最期
◇ ジョン・ロー/史上最大のバブルを仕掛けたギャンブルの奇才
◇ 岩本栄之助/寄附で名を馳せた大阪商人 相場の罠に落ちる
◇ 渡辺治右衛門/「世紀の失言」が大富豪を悲劇に巻きこむ
◇ 松本重太郎/「西の渋沢栄一」が全財産を投げ出した事情
◇ 薩摩治郎八/パリ社交界の花形「バロン薩摩」の最期は建売住宅
◇ ポール・ゴーギャン/孤高の天才画家は、脱サラに失敗した証券マン