何の呪いだろうか。麻酔という世紀の大発見に関わった3人の男は全員、非業の死を遂げている。ビジネスと人生の失敗学を探求する本連載。前回は、医療界の革命児ウェルズによる「麻酔発見」の偉業を、詐欺師上がりの弟子モートンが奪うまで。モートンは特許取得で大儲けを目論んだが、そこに思わぬ落とし穴があった。
ホレス・ウェルズから「麻酔発見」の功績を奪い、特許まで取得したウィリアム・モートン。麻酔の特許で大儲けを企んだが、その思惑は完全に外れてしまう――。
「麻酔特許」はお金にならない!
なぜなら、麻酔は患者にエーテルを吸わせるだけという極めて単純なもの。エーテルは空気や水のように、地球上に幾らでも存在する「ただ同然」のものだった。
そこでモートンは麻酔の詳細を明かさず、「リーセオン」という謎めいた名前を付けて売り出した。ギリシャ神話に登場する痛みを忘れさせる川「レテ」からとったもので、オレンジ香料を混ぜることで、中身がエーテルだけではなく、他の薬剤も加えた独自に開発されたものだと思わせようとしたのだ。
しかし、その正体はすぐに明らかになり、リーセオンを購入せずに、エーテルを使った麻酔を行う医者が続出したのだ。
モートンに特許を与えた政府ですら、公然と無視し始める。当時のアメリカはメキシコ戦争の最中で、モートンは政府にリーセオンの購入を持ちかけていた。ところが、中身がエーテルであると分かると、政府は特許を無視して勝手に戦場で使い始めてしまう。
法律上は特許権が成立していることから、特許権侵害で裁判を起こすことも可能だった。しかし、その対象が膨大であり、政府すら無視している状況では勝ち目はない。モートンの麻酔の特許は有名無実化してしまったのだ。これによってモートンは経済的な苦境に追い込まれる。
大量の注文が来ると想定して発注していたリーセオンと吸入器具は不良在庫となった。また、リーセオンの販売に集中するために歯科医を廃業し、経営していた義歯工場も閉鎖していたため、収入の道も閉ざされた。
借金が膨らみ続け、生活が困窮したモートンは、政府に十万ドルの報奨金を要求する。特許権を踏みにじったことに対する損害賠償請求のつもりだったのだろう。しかし、議会での審議は二転三転し、結論がなかなか出ないまま、時間だけが経過していった。

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