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「マッドサイエンティスト」への道のり

 モルガンの援助を失ったことで、世界システム事業はたちまち資金不足に陥る。あと少しの資金さえあれば、世界システムを完成できると、テスラは他の投資家たちを巡って支援を要請した。しかし、あまりに壮大で現実味に乏しく、モルガンですら見限った事業に、資金を出そうという投資家は見つからなかった。

 一九〇六年五月、テスラは建設途上にあった研究施設を閉鎖する。最後の日の夜、テスラは完成していた装置を使って、巨大なアンテナ塔から電波を発射した。眩い光はアンテナ塔のあったロングアイランド湾を越えて対岸のコネチカット海岸にまで届き、付近の住民たちを驚かせたという。テスラの無念の思いが込められた最後のせん光であった。

 世界システム事業の失敗以降、テスラは迷走を始める。「殺人光線」や「人工地震発生機」といった荒唐無稽なアイデアを発表するテスラには、「マッドサイエンティスト」というレッテルが貼られてしまう。

 金銭面での苦境も深刻さを増していった。世界システム事業の失敗で大きな借金を抱え、少額の税金の支払いもできずに裁判所に召喚され、長年住み慣れていたニューヨークの高級ホテルも、宿泊費の滞納で追い出された。

 生涯独身で友人も少なかったテスラの心を慰めてくれたのが公園のハトだった。一九三七年、八十一歳になっていたテスラは、ハトにエサをやりに行くために、夜のニューヨークの町に出て、タクシーにはねられてしまう。あばら骨三本を骨折する大けがだった。この事故の後遺症に加えて持病の心臓病も悪化、テスラの体力は急速に低下していく。

 一九四三年一月七日、テスラはニューヨークの質素なホテルの一室で生涯を終えた。

 エジソンに勝利して栄光をつかんだ天才科学者は、失意と孤独の中で生涯を終えたのであった。