上田準二さんの「お悩み相談」。今回は、若者と価値観が合わないという50代の男性から。街中でぶつかっても謝らないような若者とどう接したらいいのか悩んでいます。でも、それって若者に限った話なの? 上田さんは、「祈ってあげよう」とアドバイスします。
※読者の皆様から、上田さんに聞いてほしいお悩みを募集しています。仕事、家庭、恋愛、趣味など、相談の内容は問いません。ご自由にお寄せください。
悩み:若い世代と価値観がかみ合いません。例えば、街中でお互いに体や荷物が接触したとき、何も言わずに立ち去るような神経が分かりません。若者と触れあうことがないよう、隠居生活を送った方がいいのでしょうか。
若い世代の方と、価値観がかみ合わないことがあります。例えば、街を歩いているとき、お互いの体や荷物が接触してしまったとき、あるいは交差点を歩いて横切る際に直進してきた自転車と接触したときです。
私の方に非があるときは、「接触してしまった。けがを負わせたかもしれない」と頭が一杯になり、とにかくはっきりと「ごめんなさい」と謝罪の意を相手に伝えることにしています。私が被害を受けた場合でも、多くの場合、相手は形式はどうであれ私に謝意を伝えてきます。
ところが、若い人の中には、そのまま何も言わずに立ち去ったり、あるいは居直って「わざとじゃないんだけど、何が問題なの? あんた人とぶつかったことないの?」と捨てぜりふを吐いたり、中には、なぜかスマホで私を撮影したりする人もいます。
こうしたケースはささいな例ですが、私が思うに若い人たちは、故意の場合は論外ですが、自分の注意不足で誤って他人に被害を与えてしまうような場合でも、被害者に謝意を示す必要があるという認識が足りないのではないでしょうか。
こんなことを悩むより、私は読書や一人旅に注力して、晩年まで隠退生活を過ごすほうが世のためでしょうか。
(53歳 男性 無職)
上田準二:僕もね、電車に乗っていたり、夜、会食帰りに街中を歩いていたりすると、エチケット上、嫌な思いをすることはありますよ。この方が言うように、相手は謝りもせずに立ち去っていったりね。
でも、そのたびに腹を立てていては、こちらの気持ちが持たないよね。むしろ、「ああ、この方は気遣いを知らないのだな」「このような感覚では、社会生活で苦労するだろうな」と思ったらどうですか。そして、「どうか、相手のことを気遣えるように、心の持ちようを変えられますように」と祈ってあげましょう。
大竹剛:付き合い方を悩んだり、隠居生活をしようとか考えたりするのではなく、祈ってあげるんですか。ものすごい達観ですね。
上田:その場で注意したり、諭したりしても、因縁を付けられたとか何とか言われて、危害を加えられるようなことがあったら、それこそ危ない。年を取るとね、身の安全を考えないといけないんですよ(笑)。
心の中ではね、「おいおい、君ねぇ。もう少し大人になって、社会人として普通のことができるようにならないと、将来苦労するぞ」とか思いますよ。でも、悲しいかな、知らない人にそんなことを言っても、話がこじれるだけかもしれない。
だからといって、そんな人たちと同じ社会で暮らしていかなければいけない、と思い悩む必要もないでしょう。家族や会社の部下など身近な存在だったら、もう少し積極的に相手のことを思って関わるでしょうが、全く知らない人に対して、嫌な思いをするたびに悩んでいたら、こっちが心をすり減らしてしまいますよ。
大竹:だから、祈る。
上田:そう。祈りが通じるか分からないけど、ある意味、哀れみの気持ちを持って祈ってあげるんです。そうすれば、少しは気持ちが楽になるのではないですか。
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